【2026年最新】「記憶にない」答弁は今も続く?高市早苗首相の事例

目次

2026年にも、過去の接点や関係者の記憶をめぐる国会答弁が問題になっている。

注目されたのが、首相の公設第1秘書と、オンライン会議への参加をめぐる説明だ。

2026年6月19日:秘書の記憶について国会で説明

記憶にございません政治家

2026年6月19日の参議院本会議で、高市首相は、自民党総裁選をめぐる中傷動画の作成疑惑について質問を受けた。

焦点となったのは、動画作成者とされる男性が、高市氏の公設第1秘書も参加したオンライン会議に出席していた可能性だった。

高市首相は、秘書に確認した結果として、参加者全員を覚えているわけではないため、その男性が会議に参加していた可能性は否定できないと説明した。

一方、男性については、秘書がはっきりした記憶を持っておらず、直接会ったこともないため、面識がないという認識だと述べた。

ここで注意したいのは、高市首相自身が男性との面会を忘れていたという話ではなく、秘書の記憶について首相が答弁したという点だ。

2026年7月27日:サナエトークンをめぐる国会答弁

記憶にございません政治家

さらに7月27日の衆議院予算委員会では、サナエトークンをめぐる問題でも、オンライン会議の内容や秘書の認識が取り上げられた。

高市首相は、秘書について、企業側からアプリ内でポイントを付与するアイデアが紹介された記憶はあるものの、暗号資産という言葉を聞いた記憶はないと説明した。

また、会議の専門的・技術的な説明について、詳細を覚えていない部分があるとの認識も示した。

この答弁で重要なのは、会議そのものの存在、会議で説明された内容、特定の暗号資産についての認識が、それぞれ別の論点になっていることだ。

高市首相は、特定名称の暗号資産について説明や承認を受けたことはないという立場も示している。

2026年の事例からも、「記憶にない」という表現は、政治家本人の過去の行動だけでなく、秘書や事務所関係者の認識を説明する際にも使われることが分かる。

したがって、2026年最新の政治家の発言を調べる際には、誰の記憶について話しているのかを確認することが欠かせない。

【政治家の記憶にない発言の実態】本当に忘れているのか、追及をかわしているのか

記憶にございません政治家

最も気になるのは、政治家が本当に忘れているのか、それとも都合の悪い質問をかわしているのかという点だろう。

この疑問については、次の3つの視点から考える必要がある。

本当に記憶していないケース

政治家の活動は、一般の仕事と比べても対外的な接触が多い。

選挙期間中には、支援者との面会、各種団体からの推薦、会合への出席などが重なる。

数年前の短時間の面会をすべて正確に思い出すことが難しい場合はある。

舛添氏も2024年のABEMA Primeで、過去の自身の発言について、実際には「記憶にない」と答えていた映像が残っていたことを紹介している。

本人が「言った記憶がない」と思っていても、記録を確認すると発言していたという例だ。記憶と客観的な記録が一致しないことは、政治家に限った話ではない。

記憶の曖昧さが説明責任の問題に変わるケース

一方、写真や書類などの資料が示された後も、説明が曖昧なままであれば、国民の疑問は解消されない。

盛山氏の推薦確認書問題が典型的な例だ。

本人の記憶が明確でなくても、署名入りの書類や当時の映像があれば、それらを手掛かりに事実関係を説明できる可能性がある。

政治家に求められるのは、個人の記憶だけに頼ることではない。

公的な立場で行った活動について、記録を確認し、必要な説明をすることも重要な責任である。

政治家の記憶を検証するための4つの判断基準

読者が政治ニュースを読む際には、次のポイントを確認すると、単なる印象論に流されにくくなる。

1. 質問の対象は何か: 面会、会合への出席、署名、金銭の授受など、何について記憶がないと述べているのか。
2. 客観的な資料はあるか: 写真、映像、署名入り文書、収支報告書、日程表などが存在するか。
3. 説明は変化しているか: 最初の答弁と、その後の資料提示後の説明に違いがあるか。
4. 誰の記憶なのか: 政治家本人なのか、秘書なのか、事務所関係者なのか。

この4点を押さえるだけでも、「記憶にない」という言葉の意味を、より正確に理解できる。


【記憶にございません政治家】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:記憶にございませんと言った最初の政治家は誰ですか?

A1:広く知られるようになった契機は、1976年のロッキード事件で証人喚問された小佐野賢治氏の発言です。ただし、小佐野氏は政治家ではなく、国際興業の創業者・実業家です。

Q2:舛添要一氏も記憶にないと発言したことがありますか?

A2:あります。2016年の東京都知事在任中、政治資金の支出をめぐる記者会見で、過去の日程や関係者からの指摘について記憶がないと説明しています。

Q3:山際大志郎氏は何について記憶がないと答えたのですか?

A3:2022年10月、旧統一教会の関連団体が2016年にネパールで開催した会合について、スピーチした記憶があるか質問され、「ございません」と答えました。

Q4:盛山正仁氏の記憶にない発言は何が問題になったのですか?

A4:2021年の衆議院選挙に関連する旧統一教会の関連団体からの推薦確認書への署名問題です。当初は記憶がないと説明していましたが、写真や書類が示された後、署名した可能性を認める方向に説明が変化しました。

Q5:「記憶にございません」と答えると偽証罪になりますか?

A5:なりません。議院証言法第6条の偽証罪は、同法に基づいて宣誓した証人が虚偽の陳述をした場合に適用されるものです。通常の国会答弁で記憶がないと述べただけでは成立しません。

Q6:2026年にも記憶にないという政治家の答弁はありますか?

A6:あります。2026年6月の参議院本会議では、高市早苗首相が公設秘書の記憶について説明しました。7月の衆議院予算委員会でも、秘書がオンライン会議で聞いた内容をどこまで覚えているかが議論されています。


まとめ:政治家の「記憶にございません」は証拠と説明責任で判断する

「記憶にございません」という言葉が日本の政治で広く知られるようになった背景には、1976年のロッキード事件がある。

その中心人物として語り継がれている小佐野賢治氏は、政治家ではなく実業家だった。

その後、舛添要一氏、山際大志郎氏、盛山正仁氏など、過去の行動や関係をめぐる説明で「記憶にない」と答えた政治家が注目されてきた。2026年には、高市早苗首相が秘書の記憶について説明する場面もあった。

今回のテーマで最も重要なのは、次の3点だ。

- 発言の歴史: 「記憶にございません」の象徴的な発言者は小佐野賢治氏であり、政治家が発祥ではない。
- 法的な違い: 通常の国会答弁と、宣誓した証人による証言は異なる。記憶にないという発言だけで偽証罪にはならない。
- 政治的な責任: 記憶が曖昧でも、写真や文書などの客観的資料を確認し、国民に説明する責任は残る。

政治家の答弁を評価するとき、言葉の印象だけで真偽を決めるのは適切ではない。発言の前後関係、当時の記録、後から示された証拠、説明の変化を照らし合わせることが必要だ。

「本当に覚えていないのか」という疑問に答える鍵は、本人の言葉だけではなく、その言葉を検証できる客観的な記録にある。

2026年以降も、政治家の説明責任と国会答弁の透明性は、政治への信頼を左右する重要な論点であり続ける。