KAT-TUNメンバーの現在は?6人から3人への変遷と2025年解散、ラストライブを徹底解説
2026年10月現在、KAT-TUNはすでに解散しており、グループとしての活動は終了しています。2001年4月に亀梨和也、赤西仁、田口淳之介、田中聖、上田竜也、中丸雄一の6人で結成されたKAT-TUNは、相次ぐメンバー脱退を経て3人体制となり、約24年にわたる歴史に幕を下ろしました。
解散日は2025年3月31日。しかし、3人が再びKAT-TUNとしてステージに立った最後のライブ「Break the KAT-TUN」は、解散後の2025年11月8日に開催されています。2026年には同公演の映像作品も発売されました。現在の6人それぞれの活動、脱退理由、解散に至った経緯、そして最後のステージまでを時系列で整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- メンバーの変遷:2001年の結成時は6人。赤西仁、田中聖、田口淳之介の順に脱退し、最後は亀梨和也・上田竜也・中丸雄一の3人体制になった。
- 解散日:2025年3月31日。約1年にわたるメンバーと事務所の協議を経て、それぞれの道を歩むことが決まった。
- 最後のライブ:2025年11月8日、ZOZOマリンスタジアムで「Break the KAT-TUN」を開催。全51曲を披露した。
【2026年最新】KAT-TUNメンバー6人の現在は?解散後の活動を一覧で紹介

現在のKAT-TUNについて理解するには、解散時の3人と、途中でグループを離れた3人を分けて考える必要があります。
2025年3月31日の解散後、亀梨和也はSTARTO ENTERTAINMENTを退所して独立。上田竜也と中丸雄一は同事務所との個人契約を継続しました。一方、赤西仁、田中聖、田口淳之介も、それぞれ別の形で活動しています。
亀梨和也:独立後も俳優・歌手・タレントとして活動

亀梨和也は1986年2月23日生まれ。KAT-TUNではグループの中心的存在として、歌手活動だけでなく俳優としても存在感を発揮してきました。
2025年3月31日の契約満了をもってSTARTO ENTERTAINMENTを退所し、独立。2026年はソロアーティストとしての活動にも力を入れています。
2026年7月には初のソロアルバム「WAVE」を配信リリースし、ソロライブツアー「KAZUYA KAMENASHI LIVE TOUR 2026 -FROM HERE-」も開催しました。公式サイトではライブ関連情報のほか、テレビ、ラジオ、YouTubeの更新情報も掲載されています。
2026年6月のイベントでは、俳優、バラエティー、YouTube、音楽など幅広い仕事に取り組んでいる近況を語っています。グループ解散を機に活動の幅を狭めるのではなく、個人として新しい表現の場を広げている状況です。
赤西仁:海外も視野に入れたソロアーティストとして活動

赤西仁は1984年7月4日生まれ。2006年の語学留学による活動休止を経て、2010年7月にKAT-TUNを正式に脱退しました。
脱退後はソロアーティストとして音楽活動を継続。国内外でライブや作品発表を行い、独自の活動スタイルを築いています。
2026年には「JIN AKANISHI HEART LIVE 2026」を開催。公式サイトでは2026年10月の映像コンテンツへの出演情報なども掲載されています。
KAT-TUNを離れてからも音楽活動を続けてきた赤西にとって、現在はグループ時代とは異なる個人ブランドを確立した時期といえます。
田中聖:2026年9月に刑期満了、音楽活動の再開を発表
田中聖は1985年11月5日生まれ。KAT-TUNではラップや力強いパフォーマンスを担っていました。
2013年9月に事務所との専属契約を解除され、グループを脱退。その後はバンドINKTでの活動を経て、ラッパーとして音楽活動を続けていました。
一方、2022年以降は薬物事件で複数回逮捕され、2023年12月には覚醒剤取締法違反などによる懲役2年8カ月の実刑判決が確定しています。
2026年9月23日に刑期満了を迎え、翌24日には「田中聖 a.k.a.JOKER」名義で復帰アルバム「KING'S BACK」の配信を発表しました。さらに、11月5日には埼玉・大宮ソニックシティで復帰ライブ「LIFE ~encore~」を開催する予定です。
2026年10月現在、音楽活動への復帰を公表し、新たな活動を始めている段階です。KAT-TUN在籍時とは異なる道を歩んでいます。
田口淳之介:ソロ音楽活動やディナーショーを展開
田口淳之介は1985年11月29日生まれ。KAT-TUNではダンスや明るいキャラクターで親しまれていました。
2016年3月31日にグループを脱退し、ジャニーズ事務所を退所。その後、2016年9月に芸能活動の再開を発表し、ソロ歌手として活動を続けてきました。
2026年現在も公式サイトでライブ、イベント、音楽関連の情報を発信しています。2026年10月1日には誕生日当日のディナーショーを開催。大阪でのランチショーや京都でのライブイベントなども告知されています。
グループ脱退後も音楽やファンとの交流を中心に、自分自身の活動の場を維持しているメンバーです。
上田竜也:舞台・ミュージカル・俳優業で存在感を発揮
上田竜也は1983年10月4日生まれ。KAT-TUNでは独特の世界観と力強いパフォーマンスで知られ、ソロコンサート「MOUSE PEACE」などでも個性を発揮してきました。
2025年3月31日の解散後もSTARTO ENTERTAINMENTとの個人契約を継続。2026年は舞台や映像作品への出演など、俳優としての活動も目立っています。
2026年10月には川島如恵留とともに「ノッキンオン・ロックドドア THE STAGE」に主演。さらに、11月からは「Endless SHOCK Memories -CONTINUE-」への出演も予定されています。
2027年にはミュージカル「三銃士:Reborn」で主演を務める予定も発表されており、舞台を中心とした活躍が続いています。
中丸雄一:テレビ出演やイラスト・漫画など個人活動を継続
中丸雄一は1983年9月4日生まれ。KAT-TUNではヒューマンビートボックスを取り入れた音楽表現や、親しみやすいトークで活躍しました。
2025年3月31日の解散後は、上田竜也と同じくSTARTO ENTERTAINMENTとの個人契約を継続。タレント活動のほか、イラストレーターや漫画家としての表現活動にも取り組んでいます。
2024年8月には週刊誌報道を受けて活動を自粛しましたが、STARTO ENTERTAINMENTは2025年1月3日からの活動再開を発表しています。
2026年10月には、MBS・TBS系「プレバト」への出演や、テレビ番組への出演情報が公式サイトに掲載されています。また、自身の公式サイト「中丸通信」を通じてライブやイベント、ファン向けの企画も発信しています。
このように、2026年現在の6人は全員が同じグループに所属しているわけではありません。それぞれの得意分野を生かし、ソロで活動を続けています。
【初期メンバー一覧】KAT-TUNはなぜ6人で結成された?名前の由来も解説
KAT-TUNは2001年4月、ジャニーズJr.として活動していた6人によって結成されました。
グループ名は、メンバー6人の名字の頭文字を組み合わせたものです。K・A・T・T・U・Nという文字には、それぞれのメンバーの名前が対応しています。
- K:亀梨和也(Kazuya Kamenashi)
- A:赤西仁(Jin Akanishi)
- T:田口淳之介(Junnosuke Taguchi)
- T:田中聖(Koki Tanaka)
- U:上田竜也(Tatsuya Ueda)
- N:中丸雄一(Yuichi Nakamaru)
また、グループ名の中央にあるハイフンはファンを表すという意味も込められていました。メンバーとファンをつなぐ存在としての意味合いを持っていたのです。
6人時代のKAT-TUNが築いた実績
結成当初からKAT-TUNは高い人気を獲得し、CDデビュー前にもかかわらず大規模なコンサートを開催していました。
2005年には亀梨和也と赤西仁が日本テレビ系ドラマ「ごくせん」に出演。作品を通じてグループの知名度がさらに高まりました。
2006年3月22日にはシングル「Real Face」でCDデビュー。アルバム「Best of KAT-TUN」とDVD「Real Face Film」も同時発売され、デビュー時から大きな注目を集めました。
2009年5月には東京ドームで史上初となる8日間連続公演を実施。独自のロックテイストや個性の強いパフォーマンスによって、当時の男性アイドルグループの中でも異彩を放つ存在となりました。
6人それぞれの個性が強く、歌唱、ダンス、ラップ、演技など異なる魅力を持っていたことが、初期KAT-TUNの大きな特徴でした。
【脱退順と理由】赤西仁・田中聖・田口淳之介はなぜKAT-TUNを離れた?
KAT-TUNのメンバー脱退は、赤西仁、田中聖、田口淳之介の順番で起こりました。ただし、3人の脱退理由は同じではありません。それぞれ異なる経緯があり、事務所の発表や本人のコメントにも違いがあります。
1人目:赤西仁|2010年7月、ソロ活動への専念を理由に脱退
最初にグループを離れたのは赤西仁です。
2006年10月、赤西は語学留学を理由に芸能活動を休止しました。2007年4月にはグループへ復帰したものの、その後もソロ活動を進めるようになります。
2010年7月20日、赤西は公式サイトでソロ活動に専念することを発表。翌21日の報道では、本人が脱退理由について「強いて言えば方向性の違いでしょうか」と説明したことが伝えられました。
本人はメンバーとの不仲が理由ではないことも説明しています。したがって、赤西の脱退については、メンバー間の対立が確定した理由であるかのように扱うのは正確ではありません。
脱退後はソロ歌手として活動し、海外での公演などにも取り組んできました。
2人目:田中聖|2013年9月、事務所のルール違反で契約解除
2人目は田中聖です。
2013年9月30日付で、田中はジャニーズ事務所との専属契約を解除されました。事務所は10月9日に発表し、その理由を「度重なる事務所のルール違反行為があった」と説明しています。
この契約解除は本人からの自主的な脱退発表とは異なり、事務所側が契約を解除する形で行われました。
田中本人も事務所の発表を認め、メンバーへの感謝と謝罪を伝えています。当時、グループは残る4人で活動を続けることになりました。
なお、脱退当時の契約解除理由と、その後に起きた薬物事件は別の出来事です。2013年の脱退理由を、後年の刑事事件だけで説明するのは時系列として正しくありません。
3人目:田口淳之介|2016年3月、人生の進路を考えた末の決断
最後に脱退したのは田口淳之介です。
2015年11月24日、日本テレビ系「ベストアーティスト2015」の生放送で、田口は翌2016年春にKAT-TUNを離れ、所属事務所も退所することを発表しました。
本人はコメントで「一身上の都合」と説明し、30歳を目前にしてこれからの人生の歩み方を考え、自分の道を選択したと伝えています。
一方、当時の中丸雄一はテレビ番組で、メンバー間では約半年にわたり話し合いを重ねていたことを明かしました。脱退理由や今後のビジョンについて説明が不十分だと感じていたことも語っています。
最終的に田口は2016年3月31日をもって脱退・退所。これによってKAT-TUNは亀梨和也、上田竜也、中丸雄一の3人体制となりました。
【完全年表】KAT-TUNメンバー6人から3人、そして解散までの歴史
6人から5人、4人、3人へと人数が変わったKAT-TUN。脱退のたびにグループの形を変えながら、活動を継続してきました。
主要な出来事を時系列で整理すると、次のようになります。
| 時期 | メンバー・体制 | 主な出来事 |
|---|---|---|
| 2001年4月 | 6人 | KAT-TUN結成 |
| 2006年3月22日 | 6人 | 「Real Face」でCDデビュー |
| 2009年5月 | 6人 | 東京ドーム8日間連続公演 |
| 2010年7月 | 5人 | 赤西仁がソロ活動に専念するため脱退 |
| 2013年9月30日 | 4人 | 田中聖の専属契約解除 |
| 2016年3月31日 | 3人 | 田口淳之介が脱退・退所 |
| 2016年4~5月 | 3人 | デビュー10周年ツアー後に充電期間へ |
| 2018年1月 | 3人 | 活動再開を発表 |
| 2021年12月31日 | 3人 | NHK紅白歌合戦に初出場 |
| 2025年2月12日 | 3人 | 解散を正式発表 |
| 2025年3月31日 | 活動終了 | KAT-TUN解散。亀梨和也も事務所を退所 |
| 2025年11月8日 | 3人で最後の公演 | 「Break the KAT-TUN」開催 |
| 2026年3月22日 | 映像作品 | 「Break the KAT-TUN」Blu-ray・DVD発売 |
3人体制になってからも活動を継続
田口の脱退によって3人体制になったKAT-TUNは、2016年4月から5月にかけてデビュー10周年のドームツアーを開催しました。
その後、グループは充電期間に入ります。これは解散ではなく、個々の活動に力を入れながら、グループとしての再始動を目指す期間でした。
2018年1月には再始動を発表。亀梨、上田、中丸の3人で活動を再開し、2021年にはNHK紅白歌合戦への初出場も果たしています。
さらに2023年には全国6都市20公演のアリーナツアーを開催。3人になってからも、グループとしての活動を続けていました。
この経緯を見ると、KAT-TUNは3人体制になった時点で解散を決めていたわけではありません。充電期間と再始動を経て、最終的には別の理由と話し合いによって活動終了に至っています。
【解散理由と真相】KAT-TUNはなぜ2025年3月31日に解散した?
KAT-TUNの解散は2025年2月12日、所属していたSTARTO ENTERTAINMENTの公式サイトで発表されました。
発表によると、KAT-TUNは2024年4月から同社と契約して活動を続けていました。しかし、次年度の契約を迎えるにあたり、およそ1年間にわたってメンバーと協議を重ねた結果、グループの看板を下ろして、それぞれの道を選ぶことが望ましいと会社が判断したと説明されています。
「それぞれの道を選ぶ形の方が今後のメンバーにとってより良い」
出典:STARTO ENTERTAINMENT「KAT-TUNに関するご報告」2025年2月12日
亀梨和也の退所だけが解散の理由ではない
解散発表と同時に明らかになったのが、亀梨和也のSTARTO ENTERTAINMENT退所です。
一方、上田竜也と中丸雄一は個人として同社との契約を継続することになりました。
このため、亀梨の退所が解散に直結したと考える人もいます。しかし、当時の日刊スポーツの報道では、関係者の話として、解散は亀梨の退所だけが直接的な原因ではなく、メンバーと事務所が1年以上話し合った末の判断だったと伝えられています。
つまり、公式発表から読み取れるのは、3人それぞれの今後の活動や契約のあり方を総合的に検討した結果、グループを継続するより個人活動に移行する方がよいと判断されたということです。
解散日は2025年3月31日、デビュー20周年を前に活動終了
正式な解散日は2025年3月31日です。
KAT-TUNは2001年4月の結成から約24年、2006年3月のCDデビューから約19年にわたって活動しました。
2026年3月にはデビュー20周年を迎えるはずでしたが、その約1年前にグループとしての活動終了が決定しました。
ただし、解散発表の際、事務所はメンバーの希望によって、近い将来ファンと会える機会を設けるための調整を進めているとも説明していました。その後、実際に実現したのが、2025年11月の「Break the KAT-TUN」です。
【最後のライブ】Break the KAT-TUNはいつ開催?全51曲でたどった25年の軌跡
KAT-TUNの最後のステージとなったのが、2025年11月8日に千葉県のZOZOマリンスタジアムで開催された「Break the KAT-TUN」です。
注目すべきなのは、この公演が2025年3月31日の解散後に開催されたことです。つまり、グループとしての活動終了から約7カ月後に、3人がKAT-TUNの名前を背負って再びステージに立ったという異例の形でした。
「Real Face」から「ハルカナ約束」まで全51曲
公演では、デビュー曲「Real Face」をはじめ、ジュニア時代の楽曲や長年の代表曲まで、全51曲が披露されました。
セットリストには「GOLD」「青天の霹靂」「SHE SAID...」「Keep the faith」「LIPS」「Roar」など、各時代を彩った楽曲が並びました。
アンコールでは「ノーマター・マター」「Will Be All Right」「Peacefuldays」「ハルカナ約束」なども披露。最後には「Real Face#2」が演奏され、グループの歴史を締めくくりました。
解散後のラストパフォーマンスを映像作品化
この公演は一度限りの特別なライブとして企画され、Storm Labelsの公式発表でも「KAT-TUNとしてのラストパフォーマンス」と位置付けられています。
さらに2026年3月22日には、ライブ映像を収録したBlu-rayとDVD「Break the KAT-TUN」が発売されました。
解散日と最後のライブの日付が異なるため、情報を整理する際には注意が必要です。
- 2025年2月12日:解散発表
- 2025年3月31日:正式解散
- 2025年11月8日:最後のライブ「Break the KAT-TUN」
- 2026年3月22日:同公演のBlu-ray・DVD発売
グループとしての契約や活動が終了した後も、3人が最後の公演を実現させたことは、KAT-TUNの歴史を考えるうえで重要な出来事です。
【KAT-TUNメンバーに関するよくある質問(FAQ)】
Q1:KAT-TUNの現在のメンバーは誰ですか?
A1:2026年現在、KAT-TUNは解散しているため、現役メンバーはいません。最後のメンバーは亀梨和也、上田竜也、中丸雄一の3人でした。
Q2:KAT-TUNの初期メンバー6人は誰ですか?
A2:亀梨和也、赤西仁、田口淳之介、田中聖、上田竜也、中丸雄一です。2001年4月に結成されました。
Q3:KAT-TUNのメンバーはどの順番で脱退しましたか?
A3:赤西仁が2010年7月、田中聖が2013年9月、田口淳之介が2016年3月の順です。その後は亀梨、上田、中丸の3人体制となりました。
Q4:KAT-TUNの解散日はいつですか?
A4:2025年3月31日です。STARTO ENTERTAINMENTが2025年2月12日に公式発表しました。
Q5:KAT-TUNの解散理由は亀梨和也の退所ですか?
A5:亀梨の退所は解散と同日でしたが、公式発表では約1年間にわたるメンバーとの協議を経て、それぞれの道を選ぶ方がよいと判断したと説明されています。亀梨の退所だけが唯一の理由と発表されたわけではありません。
Q6:KAT-TUNの最後のライブはいつですか?
A6:2025年11月8日、千葉県のZOZOマリンスタジアムで開催された「Break the KAT-TUN」です。解散後に行われた特別公演で、全51曲が披露されました。
Q7:KAT-TUNは再結成する予定がありますか?
A7:2026年10月30日時点で、グループとしての再結成や活動再開について正式な発表はありません。3人はそれぞれ個人で活動しており、最後のライブ映像作品は2026年3月に発売されています。
まとめ:KAT-TUNの6人から3人への歴史と2026年の現在
KAT-TUNは2001年4月に6人で結成され、2006年の「Real Face」でCDデビューを果たしました。その後、赤西仁、田中聖、田口淳之介が順番に脱退し、2016年からは亀梨和也、上田竜也、中丸雄一の3人体制で活動を続けてきました。
2016年の充電期間や2018年の再始動、2021年の紅白歌合戦初出場など、3人になってからもグループは新しい歴史を積み重ねています。しかし、約1年間の協議を経て、2025年3月31日に解散。さらに同年11月8日には「Break the KAT-TUN」で最後のパフォーマンスを実現しました。
【プロの結論】KAT-TUNの歴史を理解するうえで大切なのは、「初期の6人」「途中で脱退した3人」「最後まで活動した3人」「解散後の個人活動」を区別することです。脱退と解散は別の出来事であり、2025年11月の最後のライブも3月の解散とは別の日に実現しています。
2026年現在、亀梨和也は独立して音楽・俳優業などに取り組み、上田竜也は舞台や俳優業、中丸雄一はテレビやクリエイティブ活動を継続。赤西仁と田口淳之介もソロ活動を続け、田中聖も音楽活動の再開を発表しました。
グループとしてのKAT-TUNは解散しましたが、6人がそれぞれ残した作品や、3人体制で最後に実現したステージは、現在もその歩みを振り返る手掛かりとなっています。
主な確認資料・情報源
- STARTO ENTERTAINMENT「KAT-TUNに関するご報告」
- 日刊スポーツ「KAT-TUNの歩み」「KAT-TUNがラストライブ」
- Storm Labels「Break the KAT-TUN」公式作品情報
- 各メンバーの2026年公式サイト・活動情報
- テレビ朝日ニュース、ORICON NEWSなどの関連報道