柿澤勇人と劇団四季の軌跡|2007年デビューから退団理由、2026年の現在まで徹底解説
俳優・柿澤勇人(かきざわはやと)と劇団四季には、どのような関係があったのでしょうか。柿澤勇人は2007年に劇団四季の研究所へ入所し、同年、ミュージカル『ジーザス・クライスト=スーパースター』で舞台デビューを果たしました。その後、『人間になりたがった猫』『ライオンキング』『春のめざめ』などで主要な役を務め、若くして注目を集めた俳優です。
ところが、2009年末に劇団四季を退団。現在はホリプロに所属し、ミュージカルだけでなくストレートプレイ、テレビドラマ、映画など幅広いジャンルで活躍しています。2026年には『ジキル&ハイド』『ディア・エヴァン・ハンセン』への出演や、TBSドラマ『終のひと』での連続ドラマ初主演も実現しました。入団を決意した理由、退団の背景、四季時代の代表作、受賞歴、そして2026年10月現在の活動まで、本人のインタビューや所属事務所の公式情報をもとに整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 入団理由: 高校1年生で観劇した『ライオンキング』に衝撃を受け、シンバ役を目指して俳優の道へ進んだ。
- 2007年のデビュー: 倍率100倍以上とされる難関を突破し、『ジーザス・クライスト=スーパースター』のアンサンブルで舞台デビュー。
- 代表的な役: 『人間になりたがった猫』のライオネル役、『ライオンキング』のシンバ役、『春のめざめ』のメルヒオール役。
- 退団理由: 2009年末、大学への復学と新しい演技表現への挑戦を考え、劇団四季を退団。
- 退団後: 2011年からホリプロに所属し、舞台・映画・ドラマへ活動領域を拡大。
- 2026年現在: 演劇賞の受賞を重ね、ドラマ初主演やミュージカル主演、2027年の音楽ユニット全国ツアーも控える。
【原点】柿澤勇人が劇団四季を目指した理由は?シンバへの憧れと倍率100倍の挑戦

高校1年生で観た『ライオンキング』が人生を変えた

柿澤勇人が俳優を志すきっかけとなったのは、高校1年生のときに観劇した劇団四季のミュージカル『ライオンキング』でした。
もともと柿澤は幼少期からサッカーに打ち込み、プロサッカー選手を目指していた人物です。神奈川県出身で、東京都立駒場高校の体育科サッカー専攻に進み、サッカー中心の生活を送っていました。
ところが、芸術鑑賞の課外授業で『ライオンキング』を観たことで、その進路が大きく変わります。
2018年のライブドアニュースのインタビューでは、当時の心境を振り返り、舞台のオープニングで一気に心をつかまれたこと、終演後すぐに担任の先生へ俳優になりたいと伝えたことを明かしています。
特に心を動かされたのが、主人公シンバの存在でした。
それまで歌やダンス、演技の専門的な経験がほとんどなかったにもかかわらず、柿澤は「自分もシンバを演じたい」という目標を持つようになります。
この出会いが、後に実際に劇団四季でシンバ役を演じるという大きな目標につながりました。
未経験から劇団四季研究所へ。合格までの努力

高校卒業後、柿澤は俳優になるための準備を本格化させます。
当時、大学への進学も決まっていましたが、俳優への思いを優先。首都大学東京(現在の東京都立大学)に進学した後、大学を休学する道を選びました。
ほぼ日の2023年のインタビューでは、本人が当時の生活を詳しく語っています。
- 大学で午前中の授業を受ける。
- 授業後は舞台芸術学院の夜間コースへ通う。
- 空きスタジオを利用して歌やダンスを自主練習する。
- こうした生活を約半年間続け、劇団四季のオーディションに挑戦する。
歌やダンスの経験が十分ではなかった柿澤にとって、専門的な訓練を積んだ受験者たちと競うことは簡単ではありませんでした。
それでもオーディションに合格。2007年、劇団四季の研究所に入所します。
劇団四季の研究所は、入所後も歌唱、ダンス、演技などの訓練を重ねる厳しい環境です。柿澤の合格は、所属事務所の公式プロフィールでも倍率100倍以上の難関を突破した経歴として紹介されています。
サッカー少年から、未経験のミュージカル俳優へ。 この大胆な進路変更と努力が、柿澤勇人の俳優人生の出発点になりました。
【2007年デビューから2009年退団まで】劇団四季時代の代表作と役柄を総まとめ
柿澤勇人の劇団四季時代は、2007年から2009年末までのおよそ3年間です。
在籍期間だけを見ると短く感じられますが、その間に複数の主要作品に出演し、主演級の役も経験しました。
2007年『ジーザス・クライスト=スーパースター』で舞台デビュー
柿澤の公式プロフィールに記載されているデビュー作品は、劇団四季のミュージカル『ジーザス・クライスト=スーパースター』です。
本人が2023年のほぼ日インタビューで語ったところによると、研究所に入所してから約半年で舞台に立つ機会を得ました。
担当したのはアンサンブルです。
アンサンブルは、主要人物以外の役や群衆などを演じ、作品全体の世界観を支える重要な存在です。
柿澤は当時の舞台経験について、観客から大きな拍手を受けたことが非常にうれしかったと振り返っています。
未経験からのスタートでありながら、短期間で舞台に立てたことは、その後の抜擢につながる経験となりました。
2008年『人間になりたがった猫』でライオネル役
2008年には、劇団四季のファミリーミュージカル『人間になりたがった猫』に出演し、主人公ライオネル役を務めました。
この役は、柿澤にとって初主演となる重要な経験です。
ライオネルは、人間になることを望む猫。人間の世界に飛び込むことで、愛情や友情、他者を思いやる心を知っていきます。
歌だけでなく、身体表現やダンスも求められる役柄でした。
ライブドアニュースのインタビューでは、柿澤自身がこの役について、以前に市村正親が演じていた役だったことや、ダンスの多さに苦労したことを明かしています。
特にダンスは、劇団内でもダンサーが担当するような難度の高いものでした。
本人は必死に稽古を重ねて役をつかみ、俳優としての基礎を鍛えられたと語っています。
2008年『ライオンキング』で念願のシンバ役
高校時代に観劇して俳優を志すきっかけとなった『ライオンキング』。
柿澤は2008年、ついに念願のシンバ役を経験します。
ただし、ここには少し補足が必要です。
本人がほぼ日のインタビューで説明したところによると、『ライオンキング』はオーディションを経て出演しましたが、出演は1日限りだったとのことです。
そのため、長期間にわたってシンバを演じ続けたという経歴とは異なります。
それでも、憧れの役に実際に挑戦できたことは、本人の俳優人生における大きな出来事でした。
2009年『春のめざめ』でメルヒオール役
2009年には、ミュージカル『春のめざめ』で主人公メルヒオールを演じます。
『春のめざめ』は、思春期の若者たちが抱える性への目覚め、社会との衝突、家庭や学校での葛藤などを描いた作品です。
従来の劇団四季のファミリー向け作品とは異なる、非常に刺激的な題材を扱っています。
柿澤にとって、この作品は単なる主演経験ではありませんでした。
ブロードウェイのクリエイティブスタッフによる演出に触れ、それまで学んできた演技とは違う表現方法を知ることになったからです。
劇団四季時代の経歴・代表作一覧
| 時期 | 作品・出来事 | 役柄・内容 |
|---|---|---|
| 2007年 | 劇団四季研究所入所 | 倍率100倍以上の難関を突破 |
| 2007年 | ジーザス・クライスト=スーパースター | アンサンブルで舞台デビュー |
| 2008年 | 人間になりたがった猫 | ライオネル役・初主演 |
| 2008年 | ライオンキング | シンバ役・出演は1日限り |
| 2009年 | 春のめざめ | メルヒオール役 |
| 2009年末 | 劇団四季を退団 | 大学への復学と新しい演技表現への挑戦 |
この経歴から分かるのは、柿澤が単に劇団四季に所属していた俳優ではなく、入所から短期間で主要な役を経験し、異なるタイプの舞台作品に挑戦していたということです。
【退団理由の真相】なぜ2009年末に劇団四季を辞めたのか?
柿澤勇人の経歴を調べる読者が特に気になるのが、劇団四季を退団した理由でしょう。
2007年に入所し、2008年には主演を経験。2009年には『春のめざめ』の主人公を務めるなど、順調にキャリアを積んでいた時期でした。
そのため、「なぜこれほど早く退団したのか」という疑問が生まれます。
本人の複数のインタビューを読むと、退団には主に2つの理由が関係していたことが分かります。
理由1:『春のめざめ』で演技表現の可能性を知った
最も大きな転機となったのが、2009年の『春のめざめ』です。
柿澤は2018年のライブドアニュースのインタビューで、同作品の演出を担当したブロードウェイのスタッフから、感情を強く表に出す演技を求められたことを振り返っています。
劇団四季で学んできた演技とは違うアプローチに触れたことで、役者としての考え方が変わりました。
それまで身につけてきた技術を否定したわけではありません。
むしろ、それまでの経験を土台にしながら、もっと異なる演技の方法を学びたいと考えるようになったのです。
ほぼ日の2023年のインタビューでも、本人はブロードウェイのスタッフによる演出について、次のような趣旨を語っています。
「芝居っていろんなアプローチがあるんだ」
柿澤にとって『春のめざめ』は、役者としての視野を広げるきっかけになった作品でした。
劇団四季という環境で評価されていたからこそ、その外にある演劇の世界にも挑戦してみたいという思いが生まれたのです。
理由2:休学していた大学に復学し、学業を終えたかった
もう一つの理由が大学への復学です。
柿澤は高校卒業後、首都大学東京に進学していましたが、劇団四季の研究所に入所するために休学していました。
大学に在籍し続けられる期間には限りがあり、本人は学業を続けるならこのタイミングだと考えたと、All Aboutのインタビューで説明しています。
大学では表象言語を専攻していました。
劇団四季を退団した後は大学に戻り、学業にも取り組みます。
2013年のAll Aboutのインタビューでは、無事に卒業できたことも報告しています。
つまり、退団は単に劇団の仕事を辞めるという決断ではなく、学業と俳優活動の両方を見直す人生の転換点でもあったのです。
退団は劇団との対立やトラブルが原因だったのか?
ここは誤解されやすい部分です。
柿澤の本人インタビューから読み取れるのは、劇団四季との対立を理由に辞めたという話ではありません。
むしろ、劇団四季で学んだことへの感謝を繰り返し語っています。
2018年のライブドアニュースのインタビューでは、劇団四季について、言葉を大切にする劇団だったと振り返っています。
特に、劇場の後方までセリフを届ける意識や、発声、言葉を伝える技術は、退団後も俳優としての基礎になっていると説明しました。
退団後に所属したホリプロについても、公式プロフィールでは2011年からの所属とされています。
したがって、整理すると次のようになります。
- 2009年末に劇団四季を退団。
- 新しい演技表現への挑戦が退団を決断する大きなきっかけとなった。
- 休学していた大学に復学し、学業を修了。
- 2011年からホリプロに所属し、舞台や映像へ活動を広げた。
劇団四季での成功を捨てたのではなく、その経験を持って新しい世界へ進んだ。 これが、本人の発言から見えてくる退団の本質です。
【退団後のキャリア】ホリプロ所属後に出演した代表作と俳優としての変化
2009年末の退団後、柿澤勇人は舞台を中心に新しいキャリアを築いていきます。
劇団四季で培ったミュージカルの技術を生かしながら、ストレートプレイや映像作品にも挑戦しました。
2011年『スリル・ミー』で新たなスタート
退団後の大きな転機となったのが、2011年のミュージカル『スリル・ミー』です。
演出は栗山民也。
出演者2人とピアノを中心に展開する濃密な心理劇で、柿澤は「彼」役を演じました。
劇団四季時代の大劇場とは異なり、約100席規模の小劇場で観客と向き合う経験でした。
2018年のインタビューでは、本人がこの作品を選んだ理由について、大きな劇場での舞台とは違う空間で演じることに魅力を感じたと語っています。
大劇場で鍛えた発声や身体表現を、小さな空間では別の形で生かす必要がありました。
これは、俳優としての表現の幅を広げる重要な経験だったといえます。
2012年『海辺のカフカ』で蜷川幸雄作品に挑戦
2012年には、村上春樹の小説を原作とした舞台『海辺のカフカ』に出演。
演出は蜷川幸雄です。
柿澤はこの作品を通じて、ミュージカルとは異なるストレートプレイの世界に本格的に挑戦しました。
All Aboutのインタビューでは、蜷川から日々厳しい指導を受け、役者としての考え方が変わったと振り返っています。
特に、セリフの言い方だけでなく、人物の人生や内面をどう身体に反映させるかという部分まで細かく追求された経験が、その後の演技に影響を与えました。
ミュージカルの代表作も次々と獲得
退団後も、柿澤はミュージカルの舞台から離れたわけではありません。
主な出演作には、次のような作品があります。
| 年 | 作品 | 注目ポイント |
|---|---|---|
| 2011年 | スリル・ミー | 退団後の舞台で「彼」役 |
| 2012年 | 海辺のカフカ | 蜷川幸雄演出の舞台 |
| 2013年 | ロミオ&ジュリエット | ロミオ役 |
| 2017年 | フランケンシュタイン | ミュージカル主演級の役 |
| 2017年 | デスノート THE MUSICAL | 舞台作品での表現を拡大 |
| 2018年 | メリー・ポピンズ | 大型海外ミュージカルに出演 |
| 2023年 | ジキル&ハイド | ヘンリー・ジキル/エドワード・ハイド役 |
| 2023年 | スクールオブロック | デューイ・フィン役 |
| 2024年 | オデッサ | 三谷幸喜演出の舞台 |
| 2024年 | ハムレット | タイトルロール |
| 2025年 | ボニー&クライド | クライド・バロウ役 |
テレビドラマや映画にも活動を拡大
舞台で培った演技力を生かし、映像分野でも存在感を高めていきます。
代表的な出演作には、次のような作品があります。
- NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』:源実朝役
- NHK連続テレビ小説『エール』
- TBS『不適切にもほどがある!』
- TBS『ライオンの隠れ家』
- フジテレビ『全領域異常解決室』
- フジテレビ『新東京水上警察』
- 映画『鳩の撃退法』
- 映画『すくってごらん』
特に2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では、源実朝を演じて幅広い視聴者に名前が知られるようになりました。
ミュージカルで培った歌唱力や舞台での存在感だけでなく、繊細な感情表現も求められる映像作品に出演することで、俳優としての評価を広げています。
【演劇賞の評価】読売演劇大賞・優秀男優賞と菊田一夫演劇賞を受賞
柿澤勇人の俳優としての実力を示す出来事として、2024年の演劇賞受賞も挙げられます。
特に注目したいのが、読売演劇大賞と菊田一夫演劇賞です。
第31回読売演劇大賞・優秀男優賞
2024年に発表された第31回読売演劇大賞で、柿澤は優秀男優賞を受賞しました。
受賞対象となったのは、ミュージカル『ジキル&ハイド』と『スクールオブロック』での演技です。
『ジキル&ハイド』では、善と悪という相反する人格を抱える主人公を演じました。
一方、『スクールオブロック』では、音楽への情熱を持つ破天荒な教師デューイ・フィンを担当。
まったく異なる性格や表現力を必要とする2作品での演技が評価されました。
なお、優秀男優賞は最優秀男優賞とは異なる賞です。柿澤は第31回の優秀男優賞受賞者の一人として選ばれています。
第49回菊田一夫演劇賞
同じ2024年には、第49回菊田一夫演劇賞も受賞しました。
対象となったのは、次の2作品です。
- 『スクールオブロック』のデューイ・フィン役
- 『オデッサ』の青年役
選考理由では、対照的な人物を演じ分けた演技力が評価されています。
特に『オデッサ』では、アメリカの地方都市で起きた殺人事件をめぐり、日本人容疑者の通訳として登場する青年を演じました。
英語、標準語、鹿児島弁という異なる言葉を使い分ける難しい役柄でした。
『スクールオブロック』では、初めて本格的なギター演奏にも挑戦。夜遅くまで練習を重ねたことが授賞式のレポートでも紹介されています。
2つの演劇賞が示す柿澤勇人の強み
この2つの受賞には、共通する特徴があります。
それは、ミュージカルの歌唱力だけではなく、役柄に応じて人物像を大きく変化させる演技力が評価されている点です。
劇団四季時代には、歌やダンス、発声など舞台俳優としての基礎を磨きました。
退団後は、心理劇、古典演劇、海外ミュージカル、三谷幸喜作品など、異なる演出家や作品の現場を経験しています。
その積み重ねが、演技の幅を広げたと考えられます。
劇団四季出身という経歴は柿澤の出発点ですが、現在の評価は退団後に積み上げてきた数々の舞台経験によって支えられています。
【2026年最新】柿澤勇人の現在は?ドラマ初主演とミュージカル、2027年の活動予定
2026年10月31日現在、柿澤勇人は舞台、テレビドラマ、音楽活動など複数の分野で活動しています。
劇団四季を退団してから約17年が経過しましたが、現在もミュージカルの第一線で主演級の役を担っています。
2026年1月:TBSドラマ『終のひと』で連続ドラマ初主演
2026年1月13日からTBS系ドラマストリームで放送された『終のひと』では、柿澤が連続ドラマ初主演を務めました。
演じたのは、嗣江宗助(しえ・そうすけ)。
余命わずかな元刑事の葬儀屋という人物で、銀髪やひげ、ジャージ姿など、これまでの舞台で見せてきた印象とは異なるビジュアルも話題となりました。
作品は、さまざまな依頼に向き合う葬儀屋を中心としたヒューマンエンターテインメントです。
ミュージカルや舞台を中心にキャリアを積んできた柿澤にとって、連続ドラマでの主演は大きな節目でした。
2026年3月:『ジキル&ハイド』で再び二重人格の主人公に
2026年3月には、ミュージカル『ジキル&ハイド』に出演しました。
柿澤が演じたのは、ヘンリー・ジキルとエドワード・ハイドの二役です。
この作品は、人間の善と悪という普遍的なテーマを扱ったミュージカルで、主演俳優には高い歌唱力と演技力が求められます。
2023年にも同作に出演しており、2026年の再挑戦は、それまでの経験を踏まえて役をさらに掘り下げる機会となりました。
東京公演は2026年3月15日から29日まで東京国際フォーラム ホールCで上演されました。
2026年7月~9月:『ディア・エヴァン・ハンセン』主演
2026年夏には、ミュージカル『ディア・エヴァン・ハンセン』に主演しました。
柿澤が演じたのは、主人公エヴァン・ハンセンです。
同作はブロードウェイでトニー賞6部門を受賞した作品で、孤独や人間関係、他者とのつながりなどを描いています。
エヴァンは社交不安障害を抱える青年で、内面的な葛藤を繊細に表現することが求められる役柄です。
公演日程は以下の通りでした。
| 公演地 | 公演期間 | 会場 |
|---|---|---|
| 東京 | 2026年7月25日~8月23日 | EXシアター有明 |
| 愛知 | 2026年8月29日~9月6日 | 御園座 |
| 大阪 | 2026年9月10日~9月21日 | 梅田芸術劇場メインホール |
エヴァン役は吉沢亮とのダブルキャストでした。
劇団四季時代のシンバ役やメルヒオール役とは異なる、現代の若者の孤独を描く作品に挑戦したことも、2026年の注目ポイントです。
2027年に向けて:ウエンツ瑛士・木南晴夏との「カキンツハルカ」
2026年10月現在、柿澤の今後の活動として注目されているのが、ボーカルユニット「カキンツハルカ」です。
メンバーは次の3人です。
- 柿澤勇人
- ウエンツ瑛士
- 木南晴夏
2022年のミュージカル『ブラッド・ブラザーズ』での共演をきっかけに意気投合し、ユニットを結成しました。
2024年11月にはビルボードライブ横浜で初ライブを開催。2026年1月から2月には全国4都市を巡るツアーも実施しています。
さらに、2027年1月からは「カキンツハルカ Live Tour 2027 -AGAIN-」を開催する予定です。
2026年10月27日には、ホリプロから追加公演の発表もありました。
追加公演は2027年2月21日、SGC HALL ARIAKEで開催予定です。
東京公演のチケットが一般発売と同時に完売したことを受けて決定した公演で、音楽ユニットとしての活動にも注目が集まっています。
このツアーでは、ミュージカルナンバーや昭和歌謡、ポップスなど幅広い楽曲を披露する予定です。
2026年現在の活動を整理
| 分野 | 活動・実績 | 時期・状況 |
|---|---|---|
| テレビドラマ | 終のひと | 2026年1月・連続ドラマ初主演 |
| ミュージカル | ジキル&ハイド | 2026年3月 |
| ミュージカル | ディア・エヴァン・ハンセン | 2026年7~9月 |
| 音楽 | カキンツハルカ | ウエンツ瑛士・木南晴夏と活動 |
| 全国ツアー | カキンツハルカ Live Tour 2027 -AGAIN- | 2027年1~2月開催予定 |
2026年の柿澤は、舞台俳優としての実績を積み重ねるだけでなく、テレビドラマの主演や音楽ユニットでの活動にも挑戦しています。
劇団四季時代から一貫しているのは、与えられた役柄に合わせて新しい表現を追求する姿勢です。
【よくある誤解を整理】柿澤勇人と劇団四季に関するよくある質問(FAQ)
Q1:柿澤勇人は何年に劇団四季に入団しましたか?
A1:2007年です。劇団四季の研究所に入所し、同年『ジーザス・クライスト=スーパースター』のアンサンブルで舞台デビューしました。倍率100倍以上とされる難関を突破したことでも知られています。
Q2:柿澤勇人が劇団四季を退団した理由は何ですか?
A2:主な理由は、新しい演技表現を学びたいという思いと、休学していた大学への復学です。特に2009年の『春のめざめ』でブロードウェイの演出手法に触れたことが、俳優としての転機になりました。
Q3:柿澤勇人は劇団四季でシンバを演じましたか?
A3:はい。2008年に『ライオンキング』のシンバ役を演じています。ただし、本人のインタビューによると出演は1日限りでした。
Q4:柿澤勇人が劇団四季で初主演した作品は何ですか?
A4:2008年の『人間になりたがった猫』です。主人公ライオネルを演じました。
Q5:柿澤勇人は現在もホリプロに所属していますか?
A5:はい。ホリプロの公式プロフィールに掲載されており、2011年から所属しています。
Q6:柿澤勇人の受賞歴には何がありますか?
A6:2024年に第31回読売演劇大賞の優秀男優賞を受賞しました。また、第49回菊田一夫演劇賞も受賞しています。いずれも『ジキル&ハイド』『スクールオブロック』『オデッサ』などの舞台での実績が評価されています。
Q7:2026年現在、柿澤勇人は何に出演していますか?
A7:2026年にはTBSドラマ『終のひと』で連続ドラマ初主演を務め、ミュージカル『ジキル&ハイド』『ディア・エヴァン・ハンセン』にも出演しました。また、ウエンツ瑛士、木南晴夏との音楽ユニット「カキンツハルカ」で2027年の全国ツアーを予定しています。
まとめ:【プロの結論】柿澤勇人にとって劇団四季は俳優人生の出発点だった
柿澤勇人と劇団四季の関係を振り返ると、2007年の入所から2009年末の退団までの約3年間が、その後の俳優人生を形づくる重要な時期だったことが分かります。
高校1年生で観た『ライオンキング』に衝撃を受け、シンバを演じたいという夢を抱いたサッカー少年。未経験から倍率100倍以上の難関を突破し、『ジーザス・クライスト=スーパースター』で舞台デビューを果たしました。
その後、『人間になりたがった猫』のライオネル役、『ライオンキング』のシンバ役、『春のめざめ』のメルヒオール役と、短期間で重要な役を経験しています。
2009年末の退団は、大学への復学と新しい演技表現への挑戦を求めた決断でした。劇団四季で身につけた発声や言葉を届ける意識は、退団後の『スリル・ミー』『海辺のカフカ』『ジキル&ハイド』などの作品にもつながっています。
さらに、第31回読売演劇大賞優秀男優賞と第49回菊田一夫演劇賞という実績は、劇団四季出身という肩書だけでは説明できない、退団後の継続的な努力と演技の幅を示しています。
2026年現在は、ミュージカルの主演、連続ドラマ初主演、音楽ユニットでの活動と、活躍の場をさらに広げています。
柿澤勇人を理解するうえで大切なのは、劇団四季を退団したことだけに注目するのではなく、そこで得た技術を土台に、どのように自分の表現を広げてきたかを見ることです。 劇団四季は彼の俳優人生の終着点ではなく、現在の多彩な活動につながる出発点だったのです。
2027年の「カキンツハルカ」全国ツアーを含め、今後も舞台、映像、音楽の各分野でどのような新しい顔を見せるのか、引き続き注目したい俳優です。