赤井沙希のプロレス経歴を総整理!デビューから引退理由、2026年現在まで徹底解説
赤井沙希は、2013年8月18日にDDTプロレスリングでデビューし、約10年間にわたって男子選手とも互角に渡り合った元プロレスラーだ。俳優・元プロボクサーの赤井英和を父に持つモデル・タレントとして知られていたが、リングでは独自の存在感を発揮。2014年度には女子選手として初めてプロレス大賞新人賞を受賞し、KO-D6人タッグ王座などのタイトルも獲得した。
2023年11月12日、デビューの地である両国国技館で現役生活に幕を下ろした。引退の背景には、単純な体力の衰えや負傷ではなく、選手として最も自分らしい姿を残したいという本人の美意識と、10周年という節目への思いがあった。2026年現在は、舞台出演、芸能活動、美容事業、DDTとの関わりなど、リングの外へ活動の幅を広げている。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- プロレスデビュー:2013年8月18日、DDT両国国技館大会。約4カ月のトレーニングを経て本格デビューした。
- 主な実績:2014年度プロレス大賞新人賞を女子選手として初受賞。EruptionとしてKO-D6人タッグ王座も獲得した。
- 引退理由:10周年をけじめとし、自分の理想とする姿のまま現役生活を終えたいという本人の決断だった。
- 引退試合:2023年11月12日、両国国技館。坂口征夫、岡谷英樹と最後の試合に臨んだ。
- 2026年現在:舞台出演や美容関連事業、DDTのイベント出演など、プロレス経験を生かした活動を続けている。
【プロフィール】赤井沙希とは?赤井英和との親子関係とプロレス転身前の経歴

赤井沙希の基本プロフィール

赤井沙希は1987年1月24日生まれ、京都府出身。身長174cmの長身を生かし、モデル、タレント、女優、プロレスラーとして活動してきた人物だ。
父親は、元プロボクサーで俳優としても知られる赤井英和。親子関係は公表されており、プロレスデビュー当初は「赤井英和の娘」という話題性も注目を集めた。
ただし、彼女のキャリアを父親の知名度だけで説明することはできない。モデルとして芸能活動を積み重ねた後、自らプロレスの世界に飛び込み、実績を築いた点に大きな特徴がある。
中学生時代にモデル活動を開始

赤井沙希は中学2年生のときにスカウトされ、モデルとして芸能活動を開始した。高校進学後は全国誌にも活動の場を広げ、2008年からはバラエティー番組『クイズ!ヘキサゴンII』などにも出演している。
2010年代初頭にはドラマや映画にも出演。所属事務所のプロフィールには、ドラマ『土俵ガール!』(2010年)、『マッスルガール!』(2011年)などが掲載されている。
プロレスとの接点が生まれたのは、2011年のドラマ『マッスルガール!』への出演だった。プロレスを題材にした作品に関わったことをきっかけに興味を持ち、プライベートでも試合を観戦するようになったという。
さらに2012年にはラジオ日本の『ラジオ新日本プロレス』でアシスタントMCを担当。新日本プロレスだけでなく、ほかの団体の試合にも足を運ぶようになり、プロレスへの理解を深めていった。
こうした経験が、後のDDTプロレスリングとの出会いにつながる。モデルやタレントとしてプロレスに関わるだけでなく、自分自身がリングに立つという選択をしたのである。
【経歴年表】2013年のデビューから2023年11月の引退まで
赤井沙希のプロレス人生は、デビュー、初の大きな受賞、DDT正式所属、タイトル獲得、そして引退という流れで整理できる。特に2013年から2016年は、芸能人としての話題性を実力へと変えていった重要な時期だった。
| 時期 | 出来事・実績 | 関連人物・意義 |
|---|---|---|
| 2011年 | ドラマ『マッスルガール!』出演 | プロレスへの興味が深まる |
| 2012年 | 『ラジオ新日本プロレス』出演 | プロレス観戦や知識を深める |
| 2013年8月18日 | DDT両国国技館大会でデビュー | プロレスラー赤井沙希が誕生 |
| 2014年 | プロレス大賞新人賞受賞 | 女子選手として史上初 |
| 2015年 | アイアンマンヘビーメタル級王座を獲得 | DDTでの実績を積み重ねる |
| 2016年10月 | DDTプロレスリングに正式所属 | ドラマティック総選挙で個人9位 |
| 2020年 | KO-D6人タッグ王座を獲得 | 坂口征夫、樋口和貞とのEruption |
| 2023年7月23日 | KO-D6人タッグ王座を再び獲得 | 坂口征夫、岡谷英樹との第52代王者組 |
| 2023年5月24日 | プロレス引退を発表 | デビュー10周年でのけじめを決断 |
| 2023年11月12日 | 両国国技館で引退試合 | 約10年間の現役生活に幕 |
2013年8月18日、両国国技館でプロレスデビュー
赤井沙希のプロレスデビューは2013年8月18日。DDTが開催した両国国技館大会で、男女混合の6人タッグマッチに出場した。
当時26歳。デビューまでの練習期間は約4カ月だった。174cmの長身とモデルとして培った身体表現を生かしながら、受け身やロープワークなどの基礎技術を身につけてリングに上がった。
デビュー戦ではビッグブーツやクロスボディーアタックを披露し、チームの勝利にも貢献。試合後にはプロレスを続けたいという意欲を見せた。
2025年のスタジオパーソルのインタビューでは、DDTの高木三四郎から両国大会への出演を提案された経緯や、約4カ月の厳しいトレーニングについて振り返っている。
2014年度プロレス大賞新人賞を女子選手として初受賞
デビュー翌年の2014年、赤井沙希は東京スポーツ新聞社制定のプロレス大賞で新人賞を受賞した。
女子選手として初めての新人賞受賞という記録は、彼女のキャリアを語るうえで欠かせない実績だ。
単に有名タレントがリングに上がったという話題性だけではなく、プロレスラーとしての活動が評価されたことを示す出来事だった。
2014年にはDDTのドラマティック総選挙でも6位に入賞。2016年には個人9位となり、同年10月にはDDTの正式所属選手となった。
DDT所属選手としての確立
2016年の正式所属は、赤井沙希にとって大きな転換点だった。ゲスト的な参戦や芸能活動の延長ではなく、DDTの一員として継続的に試合へ出場する立場になったためだ。
その後は男子選手とのタッグ戦やユニット活動を通じて存在感を高めた。ビッグブーツ、ダイビング・ボディアタック、ケツァル・コアトルなどを得意技とし、長い脚を生かした打撃や華やかな動きが持ち味となった。
【タイトルと人間関係】Eruptionと坂口征夫・岡谷英樹との絆
赤井沙希のプロレスラー時代を深く理解するには、DDTのユニット「Eruption(イラプション)」の存在が重要だ。
Eruptionは坂口征夫を中心としたユニットで、赤井沙希は坂口や樋口和貞と活動。その後、岡谷英樹を加えたチームでもタイトル戦線を戦った。
坂口征夫は師であり、リング上のパートナー
坂口征夫は、赤井沙希のプロレスキャリアを語るうえで欠かせない存在だ。格闘技経験を持つ選手であり、Eruptionではチームの中心として赤井を支えた。
赤井にとって坂口は、単なるタッグパートナーではなく、プロレスラーとして成長していく過程で関わった師のような存在でもあった。
2020年には坂口、樋口和貞とともにKO-D6人タッグ王座を獲得。第41代王者組として防衛戦を重ね、ユニットの実力を示した。
岡谷英樹とのEruptionで第52代王者に
2023年7月23日の両国国技館大会では、坂口征夫、岡谷英樹、赤井沙希の3人がKO-D6人タッグ王座を獲得した。
第52代王者組となったEruptionは、同年8月27日には全日本プロレスTV認定6人タッグ王座も獲得。DDTと全日本プロレスの2団体にまたがるタイトルを保持する活躍を見せた。
その後、全日本プロレスの6人タッグ王座からは10月に陥落したものの、KO-D6人タッグ王座は防衛を継続。赤井は引退試合の日まで王者としてリングに立った。
主要人物・タイトルの関係一覧
| 人物・団体 | 赤井沙希との関係 | 主な実績・役割 |
|---|---|---|
| 坂口征夫 | Eruptionの中心メンバー・師 | 2020年、2023年のKO-D6人タッグ王座獲得で共闘 |
| 岡谷英樹 | 2023年のEruptionのパートナー | 第52代KO-D6人タッグ王者組 |
| 樋口和貞 | 初期Eruptionのパートナー | 坂口、赤井と第41代KO-D6人タッグ王者組 |
| 高木三四郎 | DDTの代表者・デビューを後押しした人物 | 引退後もDDTで活動する道を提案 |
| 赤井英和 | 実父 | 元プロボクサー・俳優 |
| DDTプロレスリング | 所属団体 | 2013年のデビューから2023年の引退まで活動 |
この関係性から見えてくるのは、赤井沙希が個人としての人気だけでなく、団体内の仲間との連携によって実績を築いてきたことだ。
特に引退直前までタイトルを保持した事実は、彼女が最後まで現役選手として勝負にこだわっていたことを物語っている。
【引退理由の真相】赤井沙希はなぜ2023年にプロレスを辞めたのか
2023年5月24日に引退を電撃発表
赤井沙希がプロレス引退を発表したのは、2023年5月24日。11月12日のDDT両国国技館大会を最後に現役を退くと明らかにした。
引退発表はデビュー10周年を迎える年に行われた。本人は「強く、気高く、美しく」という自身のモットーを掲げてきたことに触れ、10周年という節目でけじめをつけたいという思いを説明した。
「私は枯れて朽ちていく花ではなく、美しいままで散る花でいたい」
この言葉には、赤井沙希が考えるプロレスラーとしての理想が凝縮されている。
体力の衰えや大きなケガが直接の理由ではなかった
引退理由として誤解されやすいのが、身体的な限界による引退だったのではないかという見方だ。
しかし、2024年9月のCHANTO WEBのインタビューで、赤井本人は引退を決意した時点でも試合ができる状態だったと説明している。
本人が大切にしていたのは、選手として下降線をたどっていく姿をファンに見せる前に、自分の意志で区切りをつけることだった。
プロレスを愛しているからこそ、理想の状態でリングを降りたい。これは、ケガや体力不足によって続けられなくなったという説明とは異なる。
10周年という節目とアメリカからの2年契約の話
2023年8月の文春オンラインのインタビューでは、引退を決断するまでの具体的な経緯も語られている。
赤井によれば、デビュー8〜9年目あたりから周囲に10周年を意識させられる機会が増え、10年という数字をけじめにすることを考えるようになったという。
さらに2023年初め、DDTからアメリカでの2年契約の仕事について打診されたことが決断のきっかけの一つになった。
その仕事には興味があったものの、引き受ければ少なくとも2年間は活動を続けることになる。そこで赤井はオファーを断り、DDTに10周年での引退を考えていると伝えた。
つまり、引退は突然のトラブルによって決まったものではなく、本人が時間をかけて考えたキャリア上の選択だった。
結婚や妊娠が引退理由だったという説も違う
女性プロレスラーの引退については、結婚や妊娠、出産などを理由とするケースが話題になることもある。
しかし赤井沙希本人は、2024年のインタビューで、自身の引退は結婚や妊娠によるものではなかったと明確に説明している。
むしろ、女性選手が現役を終えた後にも多様なキャリアを築けることを、自分の活動を通じて示したいという思いがあった。
引退はプロレスへの愛情を失ったからではない。プロレスを大切に思うからこそ、自分が納得できるタイミングで現役を終える。その考え方が赤井沙希の引退理由の核心だ。
【引退試合】2023年11月12日、両国国技館で迎えた最後のリング
最後の対戦カードはEruption対丸藤正道・樋口和貞・山下実優
2023年11月12日、DDTの大会「Ultimate Party 2023」が東京・両国国技館で開催された。観衆は4785人、満員。赤井沙希にとって、2013年のデビューと同じ会場で迎える最後の大会となった。
引退試合のカードは、坂口征夫、赤井沙希、岡谷英樹のEruption対、丸藤正道、樋口和貞、山下実優の6人タッグマッチだった。
丸藤正道はプロレスリング・ノア、山下実優は東京女子プロレスを代表する選手。団体の枠を越えた豪華な顔ぶれがそろった。
最後の試合は山下実優に敗れる
試合では、赤井が丸藤のチョップにエルボーで応戦し、樋口の大技を受けながらも反撃。山下実優との攻防ではミドルキックを打ち合い、最後まで真っ向勝負を繰り広げた。
赤井は得意技ケツァル・コアトルも繰り出したが、樋口にカットされる。最後は山下のSkull Kickを受けて3カウントを奪われ、ラストマッチは敗戦となった。
勝利という結果ではなく、最後までリング上で自分のプロレスを見せ切ること。それが赤井にとっての引退試合だった。
10カウントゴングと感謝の手紙
試合後には引退セレモニーが行われ、坂口征夫、岡谷英樹、同期の彩羽匠、山下りな、高木三四郎らが花束を贈った。
赤井は手紙を読み、DDTの仲間やファンへの感謝を伝えた。10年間の活動を通して、仲間やファンを家族のような存在として感じるようになったことも語っている。
最後には10カウントゴングが鳴らされ、赤井沙希はプロレスラーとしてのリングを降りた。
DDT公式の大会記録には、引退後も団体と一緒に歩んでほしいという高木三四郎の申し出と、赤井が裏方としてDDTを支えることを受け入れた経緯が記録されている。
【2026年最新】赤井沙希の現在は?引退後の活動と仕事
2026年10月現在、赤井沙希はプロレスラーとしては引退しているが、芸能活動や舞台、美容関連の仕事、DDTとの交流を続けている。
所属事務所プラチナムプロダクションの公式プロフィールでも、肩書きは「元プロレスラー(DDTプロレスリング)」となっている。
① 舞台俳優として活動を継続
プロレス引退後の活動として目立つのが舞台出演だ。
2024年には『NIKKE THE STAGE』や『FINAL FANTASY BRAVE EXVIUS 幻影戦争 THE STAGE』に出演。2025年7月には『NIKKE THE STAGE』の再演にもミハラ役で出演した。
さらに2026年には『FINAL FANTASY BRAVE EXVIUS 幻影戦争 THE STAGE Ⅱ』に出演。東京公演は1月30日から2月8日、大阪公演は2月14日から16日まで行われ、赤井はリリシュ役を演じた。
プロレス時代に培った身体能力や表現力を生かし、殺陣やアクションを伴う役柄にも活動の幅を広げている。
② DDTプロレスリングの裏方・イベントゲスト
引退後もDDTとの関係は続いている。
2024年9月のCHANTO WEBのインタビューでは、本人が現役時代に引き続きDDTの裏方として関わっていると説明した。
2026年もDDTとの交流は確認できる。3月22日の旗揚げ29周年記念大会と4月5日の後楽園ホール大会では放送席ゲストとして来場。6月6日の新宿高島屋イベントではトークショーに出演した。
さらに10月12日のDDT札幌大会にもPRゲストとして参加している。リングに選手として立つことはなくなったものの、団体とファンをつなぐ存在として活動している。
③ 美容サロン・スキンケアブランドRiviera
赤井沙希はプロレスラー時代から美容にも力を入れてきた。
2022年には美容セラピストとして国際ライセンスを取得し、自身がプロデュースする美容サロン「Riviera」を立ち上げた。男女を問わず利用できる美容サービスや、ユニセックスのスキンケア商品にも取り組んでいる。
Rivieraの公式ショップでは、赤井がブランドディレクターを務めるオールインワンジェルを紹介している。
プロレスで掲げていた「強く、気高く、美しく」という信念は、美容分野にもつながっている。リング上の肉体づくりだけでなく、日常生活の中で自分らしく美しくあることを提案する活動だ。
④ 2026年12月には単独トークイベントも予定
2026年10月に発表された情報では、12月23日に東京・紀尾井町サロンホールで赤井沙希の単独トークイベントが予定されている。
プロレスに関するトークや質問コーナー、2ショット撮影会などが企画されており、現役引退後もファンとの交流を大切にしていることがうかがえる。
2026年の活動を整理すると、赤井沙希は単にプロレスを辞めたタレントではない。リングで培った身体表現を舞台に生かし、DDTとの関係を維持しながら、美容事業にも取り組む複数の顔を持った活動者へと変化している。
【よくある質問】赤井沙希のプロレスに関するFAQ
Q1:赤井沙希のプロレスデビューはいつですか?
A1:2013年8月18日です。DDTプロレスリングの両国国技館大会で男女混合6人タッグマッチに出場し、本格的なプロレスデビューを果たしました。
Q2:赤井沙希がプロレス大賞新人賞を受賞したのは何年ですか?
A2:2014年度です。東京スポーツ新聞社制定のプロレス大賞で新人賞を受賞し、女子選手として初の快挙となりました。
Q3:赤井沙希のプロレス引退理由は何ですか?
A3:デビュー10周年を人生とキャリアの節目にしたかったこと、自分が理想とする姿のままリングを降りたかったことが主な理由です。本人は引退を決めた時点でも試合ができる状態だったと説明しています。
Q4:赤井沙希の引退試合はいつ、どこで行われましたか?
A4:2023年11月12日、東京・両国国技館で開催されたDDTの「Ultimate Party 2023」です。坂口征夫、岡谷英樹と組み、丸藤正道、樋口和貞、山下実優組と対戦しました。
Q5:赤井沙希と赤井英和は親子ですか?
A5:はい。赤井沙希は俳優で元プロボクサーの赤井英和の娘です。プロレスデビュー時にも父親との親子関係が注目されました。
Q6:赤井沙希は現在もプロレスに関わっていますか?
A6:選手としては2023年に引退していますが、DDTの裏方として団体に関わり続けていることを本人が2024年のインタビューで説明しています。2026年にもDDT大会の放送席ゲストやイベント出演が確認されています。
Q7:赤井沙希は2026年現在、何をしていますか?
A7:舞台出演、芸能活動、美容サロン・スキンケアブランドRivieraに関する活動、DDTとの交流などです。2026年1〜2月には舞台『FINAL FANTASY BRAVE EXVIUS 幻影戦争 THE STAGE Ⅱ』に出演しました。
まとめ:赤井沙希のプロレス人生は引退後も続いている
赤井沙希のプロレス人生は、2013年8月18日の両国国技館デビューから始まり、2014年度のプロレス大賞新人賞、2016年のDDT正式所属、EruptionでのKO-D6人タッグ王座獲得など、数々の実績を残した約10年間だった。
2023年11月12日の引退試合では敗れたものの、王者として両国国技館のリングを降りた。10年間を通じて貫いた「強く、気高く、美しく」という信念は、最後まで揺らぐことがなかった。
引退理由はケガや結婚、妊娠ではなく、自分自身が納得できるタイミングで選手生活に区切りをつけるという決断だった。
そして2026年現在、赤井沙希は舞台俳優、美容事業、DDTのサポートやイベント出演など、新しいフィールドで活動している。
赤井沙希のプロレス人生を評価する際に大切なのは、引退したという結果だけでなく、10年間で何を築き、どのような形で次のキャリアにつなげたかを見ることだ。女子選手初の新人賞受賞やタイトル獲得、引退後の活動までを振り返れば、彼女がDDTの歴史に残した存在感の大きさが見えてくる。
リングを降りても、赤井沙希の「強く、気高く、美しく」という生き方は続いている。
主な事実確認資料: DDT公式試合記録・引退発表、プロレス大賞公式受賞記録、所属事務所プロフィール、ORICON NEWS、文春オンライン、CHANTO WEB、2026年の舞台公式発表およびDDT公式告知。