山口組代紋「山菱」とは?由来・歴史・分裂後の変化と2026年最新の組織状況を徹底解説
「山口組代紋」として知られる「山菱(やまびし)」は、日本の暴力団史において長く使用されてきた組織の象徴です。菱形を基調とした独特の意匠には「山口」の文字を図案化したものという説明があり、単なるマークではなく、組織の所属関係や歴史的な継承を示す意味を持ってきました。
2015年の山口組分裂後は、六代目山口組と神戸山口組が同じ山菱を掲げるという異例の状況が生まれ、その後、神戸山口組から離脱した組織が名称や代紋を変更する動きもありました。2026年11月現在の組織状況についても、警察庁の最新公表統計や各地の公安委員会による指定状況を踏まえ、山菱の歴史と現在の位置づけを整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 山菱の意味:山口組の代紋であり、組織の所属・継承・系列関係を象徴する意匠。
- 歴史的な変化:2015年の分裂後、神戸山口組も山菱を使用。2020年には任侠山口組が絆會へ改称し、独自の代紋に変更。
- 2026年の現状:六代目山口組は指定暴力団として位置づけられ、神戸山口組との特定抗争指定は2027年1月6日まで延長されている。
【山口組代紋の正体】山菱のデザイン・意味・由来を解説

山菱とは何か?特徴的な菱形のデザイン

山口組の代紋は、一般に「山菱」と呼ばれています。読み方は「やまびし」です。
特徴は、菱形を基本とした幾何学的な構成と、漢字の「山」を取り入れた独特の文字意匠です。「山口」の二文字を菱形に図案化したものとして紹介されることもあり、組織名と図柄を結び付けた標章として認識されています。
2015年の山口組分裂時には、離脱した神戸山口組が従来の山菱を使用したことが報道され、代紋の持つ象徴的な意味が改めて注目されました。サイゾーPremiumの2015年の解説でも、山菱は菱形の中に「山」の文字を描いた意匠として紹介されています。
なお、図案の細部については資料によって説明に違いがあります。山口組の公式な制定経緯や、考案者の詳細を示す確かな公開資料は限られています。
山菱の意味は?組織の所属と継承を示す象徴

山菱の意味を理解するうえで重要なのは、代紋が単なる装飾ではないという点です。
暴力団組織における代紋は、組織の名称や所属関係、系列のつながりを外部に示す標章として使われてきました。特に山口組のように複数の下部組織を抱える階層的な組織では、代紋が系列関係を示す役割を担っていました。
この点について、裁判所が公開した山口組に関する判決文には、傘下組織が山菱の代紋を利用することについて、次のような記述があります。
「傘下組織の証である山菱の代紋」
これは、代紋が組織の系列や所属を示す機能を持っていたことを端的に示す記述です。判決文は、山口組が組長を頂点とする階層的な組織構造を持ち、傘下組織がその体系に連なる関係についても説明しています。
つまり、山菱は組織の歴史的な継承を示す象徴であると同時に、組織内外に所属関係を認識させる役割を担っていたのです。
山菱の由来は1915年の山口組結成にさかのぼる
山口組の起源は、1915年(大正4年)にさかのぼります。
裁判所の公開判決文では、初代組長の山口春吉が神戸市内で山菱の代紋を掲げ、山口組を結成したことが歴史的経緯として記されています。
そのため、山菱は2015年の分裂時に突然生まれたものではありません。少なくとも組織の創設期から使用されていた歴史を持つ意匠です。
ただし、1915年に使用されていたことと、現在知られている図案の細部がいつ、誰によって考案されたかは別の問題です。創案者やデザインの細かな成立過程までを確定できる公的記録は確認されていません。
五つ菱と山菱は同じものなのか
「山菱」と検索すると、「五つ菱」という言葉も関連して表示されることがあります。しかし、両者は区別する必要があります。
一般的な家紋の分類における五つ菱(いつつびし)は、5個の菱形を十字状に配置した文様です。日本の伝統的な菱紋の一種として知られています。
一方、山口組の山菱は、組織名に結び付いた独自の代紋です。菱形という共通する意匠があるからといって、五つ菱と山菱を同一の紋章として扱うことはできません。
検索時には、一般的な家紋の五つ菱と、山口組の組織標章である山菱を分けて理解することが大切です。
【山口組の歴史】初代から六代目まで歴代組長を整理
山口組の代紋の歴史を理解するには、組織を率いてきた歴代組長の変遷も押さえておく必要があります。
山口組は1915年に神戸で結成され、三代目の田岡一雄時代に全国規模へと勢力を拡大しました。その後、後継者をめぐる対立や組織再編を経て、2005年に六代目体制へ移行しています。
歴代山口組組長一覧
- 初代・山口春吉(1915~1925年):1915年に山口組を結成した創設者。
- 二代目・山口登(1925~1942年):初代山口春吉の後を継承。神戸港の港湾関連事業などへ活動領域を広げた。
- 三代目・田岡一雄(1946~1981年):山口組の全国的な拡大を進めた人物。組織の歴史における大きな転換期を築いた。
- 四代目・竹中正久(1984~1985年):後継者争いを背景に一和会との対立が発生した時期の組長。
- 五代目・渡辺芳則(1989~2005年):山口組の組織運営を引き継ぎ、全国的な勢力を維持した。
- 六代目・司忍(2005年~):本名は篠田建市。2026年現在も六代目山口組の代表者として公的資料に記載されている。
歴代の在任期間には組長不在の時期や代行体制が存在します。そのため、単純に代目が連続して交代したわけではありません。特に二代目の死去から三代目の就任まで、三代目の死去から四代目の就任までには空白期間があります。
三代目田岡一雄時代に進んだ組織の拡大
山口組の歴史において、三代目田岡一雄の時代は重要な転換点です。
1946年に三代目へ就任した田岡一雄の時代には、神戸を拠点とする組織から全国各地に系列を持つ大規模な組織へと変化しました。
裁判所の公開判決文でも、神戸港の港湾荷役や興行などを背景に組織が勢力を拡大し、全国規模の組織へ成長した経緯が記されています。
こうした拡大によって、山菱の代紋は特定の組織内部だけでなく、全国に広がる系列組織との関係を示す象徴としても認識されるようになりました。
四代目竹中正久時代の山一抗争
1984年、竹中正久が四代目組長に就任すると、後継人事に反発した一部幹部が離脱し、一和会を結成しました。
これをきっかけに1985年から1987年にかけて発生したのが、一般に「山一抗争」と呼ばれる対立です。
この出来事は、山口組の歴史における大きな分裂と抗争の事例として記録されています。組織の名称や代紋を継承することが、単なる外見上の問題ではなく、組織の正統性をめぐる争いとも結び付いていたことが分かります。
【2015年の山口組分裂】神戸山口組が同じ山菱を掲げた理由
2015年8月27日、直系13団体が離脱
山口組の歴史を大きく変えた出来事が、2015年8月の分裂です。
2015年8月27日、六代目山口組から直系13団体が離脱し、神戸山口組の結成を表明しました。神戸山口組のトップには、山健組の井上邦雄組長が就任しました。
分裂の背景として、報道では六代目体制における弘道会を中心とした組織運営への不満や、高額な上納金制度への反発などが指摘されています。
神戸新聞の分裂騒動に関する報道でも、こうした組織運営上の対立が背景として説明されています。
なぜ神戸山口組も山菱を使用したのか
分裂後に注目されたのが、六代目山口組と神戸山口組の双方が山口組の名称と山菱の代紋を掲げていたことです。
この状況には、どちらが従来の山口組の歴史や組織的な継承を受け継ぐのかという問題が関係していました。
山菱は単なる装飾ではなく、系列や組織の所属を表す象徴として機能してきました。そのため、同じ代紋を使用することは、両組織がそれぞれの立場から山口組との歴史的なつながりを示す意味を持っていたと考えられます。
2015年の分裂は、組織の構成だけでなく、山菱という象徴の位置づけにも大きな影響を与えた出来事でした。
2017年には神戸山口組からも新組織が分裂
分裂は2015年の一度だけでは終わりませんでした。
2017年4月には神戸山口組の傘下組織の一部が離脱し、任侠団体山口組を結成しました。その後、組織名は任侠山口組へ変更されました。
これによって、六代目山口組、神戸山口組、任侠山口組という複数の組織が並立する状況となりました。
警察庁の組織犯罪情勢に関する資料でも、2017年4月の任侠山口組の結成は、山口組分裂後の組織変化の一つとして記録されています。
【名称と代紋の変化】六代目山口組・神戸山口組・絆會を比較
分裂後の組織を理解するには、名称だけでなく代紋の変化を時系列で整理することが重要です。
特に注目されるのが、2020年の任侠山口組から絆會への改称です。この変更は、組織名だけでなく、長年使用していた山菱の代紋を変更する動きも伴いました。
山口組分裂と代紋の変遷一覧
| 時期 | 組織・出来事 | 名称・代紋の変化 | 歴史的な位置づけ |
|---|---|---|---|
| 1915年 | 山口組結成 | 山菱を掲げる | 初代山口春吉による創設 |
| 2005年 | 六代目体制発足 | 山菱を継承 | 司忍が六代目組長に就任 |
| 2015年8月 | 神戸山口組が結成 | 六代目山口組と同じ山菱を使用 | 直系13団体の離脱による分裂 |
| 2017年4月 | 任侠団体山口組が結成 | 従来の山菱を使用 | 神戸山口組からの分裂 |
| 2020年2月 | 任侠山口組から絆會へ改称 | 山菱から独自の代紋へ変更 | 山口組の名称から離れる動き |
| 2026年 | 各組織の法的指定と抗争指定が変化 | 組織名称と代紋は別々に判断 | 公安委員会による指定状況が継続的に更新 |
絆會の代紋は山菱からどう変わった?
2020年1月、任侠山口組は組織名を絆會へ変更する方針を示しました。
その後、2020年2月17日には兵庫県公安委員会が名称変更を官報で公示しました。
改称の背景には、山口組の再統合が難しくなったとの判断や、六代目山口組・神戸山口組との関係を見直す動きがありました。
代紋についても、従来の山菱を使用する状態から独自の意匠へ移行しました。報道では、鎖を円形に表現し、中央に「絆」の文字を配置したデザインとして紹介されています。
この変更は、山口組という名称と山菱の象徴から距離を置き、独自の組織としての立場を示す動きとして受け止められました。
【2026年最新】六代目山口組の現在と指定暴力団としての位置づけ
2026年の山口組をめぐる状況を確認する際には、警察庁の年間統計と、各地の公安委員会が発表する最新の指定状況を分けて見る必要があります。
2025年末の暴力団勢力は約1万7,600人
警察庁が2026年4月に公表した「令和7年における組織犯罪の情勢」によると、2025年末の全国の暴力団構成員及び準構成員等は約1万7,600人でした。
内訳は、暴力団構成員が約9,400人、準構成員等が約8,200人です。前年から約1,200人減少し、暴力団対策法が施行された1992年以降で最少となりました。
また、2025年中の暴力団構成員等の検挙人員は7,335人で、前年より914人減少しています。
これらの数値は2026年に公表された最新の年間統計であり、2026年11月時点のリアルタイム人数を意味するものではありません。
六代目山口組の構成員数は約3,100人
2025年末の警察庁データを基にした主要団体別の集計では、六代目山口組の構成員は約3,100人、準構成員等は約3,200人でした。
主要団体の状況を比較すると、次のようになります。
- 六代目山口組:構成員約3,100人、準構成員等約3,200人
- 神戸山口組:構成員約110人、準構成員等約170人
- 絆會:構成員約50人、準構成員等約70人
- 池田組:構成員約30人、準構成員等約40人
この統計からは、分裂後も六代目山口組が主要団体の中で大きな勢力を持っている一方、神戸山口組や絆會などの規模が縮小している状況が読み取れます。
2026年の指定暴力団は全国24団体
静岡県警察が2026年6月4日に公表した資料では、同年5月末時点で全国24団体が指定暴力団として指定されていました。
この一覧には、六代目山口組、神戸山口組、絆會、池田組が含まれています。
ここで注意したいのは、「指定暴力団」と「特定抗争指定暴力団等」は異なる制度だという点です。
指定暴力団は暴力団対策法に基づいて公安委員会が指定する団体です。一方、特定抗争指定は、指定暴力団等の対立抗争によって市民の生命や身体に重大な危害が及ぶおそれがある場合に、追加的な活動制限を課す制度です。
六代目山口組と神戸山口組の特定抗争指定は継続
2026年9月から10月にかけて、山口組の分裂後の対立関係には大きな変化がありました。
- 2026年9月8日:六代目山口組と池田組の特定抗争指定が解除。
- 2026年9月21日:六代目山口組と絆會の特定抗争指定が解除。
- 2026年10月5日:六代目山口組と神戸山口組の特定抗争指定が3か月延長され、期限は2027年1月6日までとなった。
神戸新聞やサンテレビなどの報道によると、六代目山口組と神戸山口組に対する特定抗争指定は2020年1月7日に始まり、2026年10月の延長で27回目となりました。
この指定により、警戒区域内では事務所の使用や、おおむね5人以上での集合などが制限されています。2026年11月1日現在、分裂に関連する特定抗争指定のうち、継続しているのは六代目山口組と神戸山口組の関係です。
ただし、池田組や絆會に対する特定抗争指定が解除されたことは、それらの団体が指定暴力団ではなくなったことを意味しません。両制度を混同しないことが重要です。
【暴力団対策法と代紋】山菱が社会に与えてきた影響と現在の意味
暴力団対策法は1992年3月に施行
暴力団対策法の正式名称は「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」です。
1991年に制定され、1992年3月1日に施行されました。暴力団員による不当な要求行為を規制し、市民生活の安全と平穏を確保することを目的としています。
指定暴力団の構成員が所属組織の威力を背景に不当な要求行為を行った場合などには、公安委員会の委任を受けた警察署長などが中止命令を発出する制度も設けられています。
また、対立抗争による危険が高まった場合には、特定抗争指定によって警戒区域内の組員の行動を制限する仕組みもあります。
代紋があることと組織の法的指定は別問題
山菱は山口組の歴史的な象徴ですが、代紋そのものが指定暴力団としての法的地位を決定するわけではありません。
指定暴力団としての認定は、法律上の要件に基づいて公安委員会が行います。代紋は組織の歴史や所属関係を示す象徴であり、法的な指定とは役割が異なります。
また、警察の暴力団対策資料では、組織実態を隠すため、事務所から代紋や看板を撤去したり、組織名入りの名刺を使用しなくなったりする傾向も指摘されています。
したがって、代紋が確認できることだけで現在の組織関係を断定することも、代紋が見当たらないことだけで関係がないと判断することも適切ではありません。
【プロの結論】山菱を理解するための3つの判断基準
山口組代紋をめぐる情報を正確に理解するには、次の3点を区別することが重要です。
1.意匠と由来を区別する
山菱は山口組の代紋として1915年の創設期から歴史を持つ象徴です。一方、図案の細かな考案経緯と、一般的な五つ菱の家紋の由来は別の問題です。
2.組織名と代紋を区別する
2015年の分裂後には、六代目山口組と神戸山口組が同じ山菱を掲げました。その後、任侠山口組が絆會へ改称した際には代紋も変更されました。組織名の変更と代紋の変更は、必ずしも同時に起こるものではありません。
3.指定暴力団と特定抗争指定を区別する
指定暴力団としての指定が続いているか、特定抗争指定が解除されたかは、別々に確認する必要があります。2026年の山口組をめぐる状況でも、この区別が重要なポイントになっています。
山菱の歴史を理解することは、単に一つの図柄の意味を知ることではありません。組織の継承、分裂、名称変更、そして法律による規制という、日本の暴力団史の変化を読み解く手掛かりになります。
山口組代紋に関するよくある質問(FAQ)
Q1:山口組の代紋「山菱」の意味は何ですか?
A1:山菱は山口組の組織標章です。組織の所属や系列関係、歴史的な継承を示す象徴として使用されてきました。一般的には「山」の文字を菱形に組み合わせた意匠として説明されています。
Q2:山口組の山菱と五つ菱は同じものですか?
A2:同じものではありません。五つ菱は5個の菱形を十字状に配置した伝統的な家紋の一種です。山菱は山口組の代紋であり、組織名に結び付いた独自の象徴です。
Q3:2026年現在、山菱を使用する山口組はどうなっていますか?
A3:六代目山口組は指定暴力団として位置づけられています。2015年の分裂後に神戸山口組も山菱を掲げました。また、任侠山口組は2020年に絆會へ改称し、独自の代紋へ変更しました。2026年11月現在、六代目山口組と神戸山口組の特定抗争指定は2027年1月6日まで延長されています。
まとめ:山口組代紋「山菱」の歴史と2026年の現在地
山口組の代紋である山菱は、1915年の組織創設期から歴史を持つ象徴です。菱形を基調とした意匠は、単なる装飾ではなく、組織の所属や系列、歴史的な継承を示す役割を担ってきました。
2015年の分裂では、六代目山口組と神戸山口組が同じ代紋を掲げる状況となり、2017年には神戸山口組から任侠山口組が分裂しました。その後、2020年に任侠山口組が絆會へ改称し、独自の代紋へ変更しています。
2026年11月現在、六代目山口組は指定暴力団として存続しており、神戸山口組との特定抗争指定も継続しています。一方、池田組と絆會との特定抗争指定は2026年9月に解除されました。
山菱をめぐる歴史は、組織の継承をめぐる対立や分裂、法規制の変化を映し出しています。代紋の意味を正しく理解するには、図柄だけでなく、その背後にある組織の歴史と、警察庁・公安委員会が公表する最新の法的な位置づけを併せて確認することが大切です。