【歴代ペアを総整理】高橋成美が組んだパートナーは誰?

目次

高橋成美の競技人生を振り返ると、マーヴィン・トランや木原龍一だけでなく、ジュニア時代から複数の選手とペアを組んできたことが分かります。

国際スケート連盟(ISU)の選手プロフィール、朝日新聞社のスポーツメディア「4years.」による本人取材、日本スケート連盟の発表などを照合すると、主なパートナーは次のとおりです。

高橋成美の歴代パートナーと競技経歴

時期 パートナー 主な経緯・実績 2004~05年 高瑀 中国でペアを結成。中国選手権シニア6位。 2006~07年 山田孔明 帰国後に日本で結成。全日本ジュニア選手権で優勝。 2007~12年 マーヴィン・トラン 2010年世界ジュニア選手権銀メダル、2012年世界選手権銅メダル。 2013~15年 木原龍一 ソチ五輪出場。2015年3月にペア解消。 2015年 アレクサンドル・ザボエフ 新ペアを結成したが、資金・コーチの問題から同年12月に解消。 2016~18年 柴田嶺 2017年アジア冬季大会出場。高橋の現役引退まで競技を続けた。

出典:国際スケート連盟、朝日新聞社「4years.」、日本スケート連盟関連発表、フジテレビの全日本ジュニア歴代優勝者資料。

ジュニア時代からパートナー探しに苦労していた

高橋成美ペア

高橋は3歳からスケートを始め、父親の仕事の関係で9歳から約5年間、中国・北京で生活しました。

中国では女子シングルの選手として活動していましたが、ペア競技の魅力に引き込まれ、12歳ごろにペアへ転向しています。

最初のパートナーは中国の高瑀。2004~2005シーズンの中国選手権ではシニアクラス6位に入りました。

しかし、日本人として競技を続けるため帰国。山田孔明とのペアを経て、2007年からカナダ出身のマーヴィン・トランと組むことになります。

当時の日本はペア競技の練習環境が十分に整っておらず、練習場所やパートナーの確保そのものが大きな課題でした。

高橋が海外のコーチに自ら連絡し、カナダへ渡った行動力は、その後の競技人生を切り開く重要な転機となりました。

【世界選手権銅メダル】マーヴィン・トランとのペアが残した歴史的快挙

高橋成美ペア


高橋成美の競技人生で最も大きな国際的実績を残したパートナー。2007年7月にペアを結成し、カナダを拠点に練習を重ねた。
2012年世界選手権銅メダル

2012年世界選手権で日本ペア初のメダル

高橋成美ペア

2007年に結成した高橋・トラン組は、ジュニア時代から着実に実績を積み上げました。

主な成績は次のとおりです。

- 2010年:世界ジュニア選手権銀メダル
- 2011年:ジュニアグランプリファイナル優勝
- 2011年:世界ジュニア選手権銅メダル
- 2012年:世界選手権銅メダル

特に大きかったのが、2012年3月にフランス・ニースで開催された世界選手権です。

高橋とトランはショートプログラムで3位につけ、フリーでも安定した演技を披露。総合3位となり、日本のペアとして初めてISU世界選手権の表彰台に立ちました。

この快挙は、日本のフィギュアスケートにおけるペア競技の歴史を変える出来事でした。

国際スケート連盟の公式プロフィールでも、同組が日本初の世界選手権メダル獲得ペアであることが記録されています。

なぜマーヴィン・トランとペアを解消したのか

銅メダルを獲得した2人ですが、翌シーズンを迎える前に大きな転機が訪れます。

2012年12月18日、日本スケート連盟が2人のペア解消を発表しました。

日刊スポーツなどの報道によると、高橋自身が説明した主な理由は、競技に対する考え方の違いから、次第にすれ違いが生じたことでした。

もう一つ、見逃せない事情があります。

2012年春、高橋は練習中に左肩を負傷。右膝にも問題を抱えており、手術を受けていました。

その結果、グランプリシリーズを欠場するなど、競技活動に大きな影響が出ていました。

また、トランはカナダ国籍だったため、ソチ五輪に日本代表として出場するには国籍の問題もありました。

ただし、当時の報道では、国籍問題そのものがペア解消の直接的な理由ではないと関係者が説明しています。

つまり、2人の解消には競技観の違いや負傷による環境の変化が重なっていました。国籍問題だけで説明できる出来事ではありません。

この経験の後、高橋は競技を続けること自体を迷う時期を迎えます。

しかし、次のパートナーとの出会いによって、再びオリンピックを目指すことになりました。

【なるりゅうペアの結成と解散】木原龍一とのソチオリンピックへの道


1992年生まれ。もともとは男子シングルの選手。2013年に高橋と組んでペア競技へ転向し、ソチ五輪に出場した。

2013年、シングル選手だった木原をペア競技へ

トランとのペアを解消した高橋にとって、次の目標はソチオリンピックでした。

そこで新しいパートナーとして選ばれたのが、男子シングルを中心に競技していた木原龍一です。

2人はジュニア時代から面識がありました。

木原は2013年までシングルを主戦場としていましたが、高橋とのペア結成をきっかけに本格的にペア競技へ転向します。

ISUの公式プロフィールによると、2人がペアを結成したのは2013年春です。

高橋にとっては世界選手権メダリストとしての経験を生かせる一方、木原にとっては新しい競技への挑戦でした。

2014年ソチオリンピックで日本代表に

ペア結成から約1年という短い期間で、2人はソチオリンピックへの出場を実現しました。

2014年大会では、ペア個人種目に加え、団体戦にも参加しています。

成績は次のとおりです。

- ペア個人種目:ショートプログラム18位、フリー進出ならず
- 団体戦:日本チーム5位

メダルには届きませんでしたが、木原にとっては初めてのオリンピックでした。

高橋にとっても、トランとのペア解消を経て再びつかんだ夢の舞台です。

2人の挑戦は、日本のペア競技を継続させるうえでも大きな意味を持っていました。

2015年3月、突然のペア解消

ソチ五輪後も競技を続けていた2人ですが、2015年3月31日、日本スケート連盟がペア解消を発表しました。

同年の世界選手権にも出場していましたが、ショートプログラム19位となり、フリー進出を逃しています。

では、2人はなぜ解散したのでしょうか。

ここで重要なのは、2015年の木原との解消について、連盟から具体的な理由が公表されていないことです。

当時、日本スケート連盟の伊東秀仁フィギュア委員長は、解消の理由について把握していない旨を説明しました。

一方、高橋も木原も競技を続ける意向を示しており、新しいパートナーを探す方向で動いていました。

木原は連盟を通じて、高橋から多くのことを教わったことへの感謝を表明しています。

この発表から読み取れるのは、ペアとしての活動が終了したことと、双方が競技継続を希望していたことです。

不仲や恋愛関係のトラブルが原因だったと断定できる公式情報はありません。

【ペア解消理由とその後】ザボエフ、柴田嶺との再出発から引退まで

木原とのペア解消後、高橋は競技を続けるために再びパートナー探しを始めます。

しかし、ソチ五輪を経験した選手であっても、次のパートナーがすぐに見つかるわけではありませんでした。

アレクサンドル・ザボエフとのペア結成と解消


2015年7月、高橋の新しいパートナーとして日本スケート連盟から発表されたロシア出身の選手。

2015年7月6日、日本スケート連盟は高橋とザボエフの新ペア結成を発表しました。

高橋は新しいパートナーと世界一を目指す意欲を示していました。

しかし、同年12月25日には再びペア解消が報じられます。

日刊スポーツによると、当時は強化選手から外れていたこともあり、資金面で十分な支援を受けられず、コーチを確定できなかったことが背景にありました。

ペア競技では、2人の技術や相性だけでなく、継続的な練習環境、指導者、遠征費用なども必要です。

新しいペアを結成するだけでは競技を続けられないという、当時の日本のペア競技が抱えていた厳しさも表れています。

柴田嶺とのペアで再び平昌五輪を目指す


2016年5月に高橋とペアを結成。以前は男子シングルで活躍し、競技から引退していたが、ペア選手として復帰した。

2016年5月、高橋は柴田嶺との新ペア結成を発表しました。

柴田は2010年にシングル競技から引退していましたが、高橋からの誘いを受け、ペア選手として再び競技に戻りました。

2人は2017年2月の札幌アジア冬季大会にも出場。

次の目標は2018年平昌オリンピックでした。

しかし、競技生活は思うようには進みませんでした。

朝日新聞社の「4years.」による本人取材では、2人がシーズン中に交互にけがをしてしまい、十分な練習を続けられなかったことが明らかになっています。

ペア競技は、片方が負傷すると、リフトやスロージャンプなどの技術練習を継続することが難しくなります。

高橋はアイスダンスへの転向も検討しましたが、自身の体の状態や大学卒業に向けた研究なども考慮し、競技生活に区切りをつける決断をしました。

2018年3月に引退、4月5日に正式発表

2018年3月、高橋は23年間続けてきた競技生活を終えました。

所属先の木下グループは、2018年4月5日付で現役引退を正式発表しています。

日本オリンピック委員会(JOC)の引退会見報道では、本人がけがによって十分な練習を積めなくなったことを引退理由として説明しています。

引退発表では、スケートを通じて得た経験への感謝とともに、今後は大学に戻り、さまざまなことを学びたいという意向も示されました。

また、日本でペアスケートという競技をもっと知ってもらいたいという思いも語っています。

単に競技から離れるのではなく、別の立場からフィギュアスケートに関わり続ける道を選んだのです。

【2026年最新】高橋成美の現在は?解説者・タレントとして活躍


高橋成美のプロフィール

- 生年月日:1992年1月15日
- 出身地:千葉県松戸市
- 学歴:慶應義塾大学総合政策学部卒業
- 所属:松竹芸能
- 主な活動:フィギュア解説、タレント、スポーツ関連活動


2026年2月のミラノ五輪で解説が大きな話題に

2026年2月に開催されたミラノ・コルティナ冬季オリンピック。

この大会で高橋成美が再び大きな注目を集めました。

解説を担当したのは、フィギュアスケートのペア競技です。

しかも、出場していた「りくりゅう」は、かつて自分とペアを組んでいた木原龍一と三浦璃来のコンビでした。

高橋は元ペア選手として、技の完成度、2人の動きの一致、リフトやジャンプの質などを細かく説明。

さらに、選手の演技に対する率直な感動を伝える言葉も特徴的でした。

特に注目されたのが、演技を絶賛する際の独特な表現です。

「宇宙一ですよ」という言葉や、演技中の技術的なポイントを熱量たっぷりに伝えるスタイルが話題になりました。

日刊スポーツは、2月6日の団体戦ペアショートプログラムで高橋がNHK BSの解説を担当し、りくりゅうの演技を高く評価した様子を報道しています。

高橋成美のフィギュアスケート解説の評判は?

高橋の解説に対する反応には、大きく分けて2つの傾向があります。

評価されているポイント

- ペア競技の技術的な説明が具体的で分かりやすい。
- 元選手ならではの視点から演技の難しさを伝えられる。
- 選手への応援や感動が言葉に表れている。
- 専門的な知識と親しみやすいキャラクターを両立している。

一方、Smart FLASHが2026年2月18日に紹介した反応では、独特な表現や高いテンションを好意的に受け取る人がいる一方、解説としては落ち着いた説明を求める意見も取り上げられています。

つまり、従来の競技解説者とは異なる個性が、支持と好みの分かれる理由の両方になっています。

ただし、これらは報道で紹介された個別の反応であり、視聴者全体を対象とした満足度調査ではありません。

2026年上半期ブレイクタレント1位を獲得


ニホンモニター調べ・2026上半期ブレイクタレント

107本増


高橋成美が増加番組数で1位



123本


2026年上半期の出演番組数


16本


2025年上半期の出演番組数


調査期間:2026年1月1日~6月21日。NHK総合および民放キー局の東京地区地上波番組が対象。

ニホンモニターが2026年7月2日に発表した上半期ランキングでは、高橋成美がブレイクタレント部門で1位になりました。

前年同期の出演番組数は16本でしたが、2026年上半期は123本に増加。

その差は107本です。

ミラノ・コルティナ五輪での解説をきっかけに知名度が上昇し、その後はバラエティー番組などにも出演する機会が増えました。

これは単なるSNS上の話題ではなく、テレビ番組の出演データによって裏付けられた変化です。

なお、集計は出演番組の放送回数をカウントしたもので、実際の出演日数や仕事量を示す数字ではありません。

JOC評議員としてスポーツ界にも関わる

テレビ出演だけが現在の活動ではありません。

松竹芸能の公式プロフィールによると、高橋は2021年6月から2023年6月までJOC理事およびJOCアスリート委員会副委員長を務めました。

2023年6月以降はJOC評議員、JOCアスリート委員、日本オリンピアンズ協会(OAJ)理事として活動しています。

さらに、2026年5月27日現在のJOC公式評議員名簿にも、高橋成美の名前が掲載されています。

競技者として日本のペア競技を経験した人物が、スポーツ界の組織運営にも関わっている点は注目すべき経歴です。

【高橋成美とりくりゅうの関係】木原龍一との過去、三浦璃来との現在

2026年に高橋成美の名前が検索される大きな理由の一つが、三浦璃来・木原龍一組、通称「りくりゅう」との関係です。

高橋と木原は過去にペアを組んでいましたが、現在のりくりゅうは高橋を含む3人のチームではありません。

高橋と木原は元パートナーという関係

木原は男子シングルからペアへ転向した際、高橋と組んだことでペア競技のキャリアをスタートさせました。

当時の高橋は世界選手権のメダリストであり、ペア競技の経験が豊富でした。

木原にとっては、ペアの基本的な技術や競技の進め方を学ぶ重要な時期だったといえます。

2026年のインタビューでも、高橋は木原とのペア時代を振り返っています。

一緒に食事をしたり、サッカーや野球観戦、ピアノのレッスンをしたりした経験を明かしています。

ただし、同居していたわけではなく、りくりゅうのように常に一緒に過ごす関係ではなかったと説明しています。

ペア競技におけるパートナーとの距離感は、チームごとに異なることが分かるエピソードです。

りくりゅうは2019年に結成された別のペア


&

2019年に結成された日本のペア。愛称は「りくりゅう」。
2026年ミラノ五輪ペア金メダル

木原は高橋とのペアを解消した後、別のパートナーと競技を続けました。

その後、2019年に三浦璃来と新しいペアを結成します。

2人は北京2022冬季オリンピックの団体戦で銀メダルを獲得し、世界選手権でも優勝するなど、世界トップクラスのペアへ成長しました。

そして2026年2月17日、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックのペア種目で歴史的な金メダルを獲得します。

ショートプログラムでは5位でしたが、フリーで158.13点を記録。合計231.24点で逆転優勝を果たしました。

これは日本のペア競技史上初のオリンピック金メダルです。

高橋成美にとって、りくりゅうの金メダルが持つ意味

この金メダルを語るとき、高橋の存在を切り離して考えることはできません。

高橋と木原が組んだのは2013年。

木原はシングル選手からペア競技へ転向し、高橋とともにソチ五輪を目指しました。

2015年に2人はペアを解消しましたが、木原はペア競技を続け、2019年には三浦と新たなチームを作ります。

つまり、高橋とのペア時代は、木原が世界的なペア選手へ成長していく過程の出発点の一つでした。

2026年のミラノ五輪で高橋が解説者として木原の演技を見届けたことには、競技者としての経験と、かつて同じ目標を追った元パートナーとしての歴史が重なっています。

なお、りくりゅうは2026年4月に競技引退を発表しました。金メダルを獲得したシーズンをもって競技生活に区切りをつけています。

【よくある質問】高橋成美のペアに関するFAQ

Q1:高橋成美の歴代ペアで最も有名なのは誰ですか?

マーヴィン・トランと木原龍一です。トランとは2012年世界選手権銅メダルを獲得し、木原とは2014年ソチオリンピックに出場しました。

Q2:高橋成美と木原龍一がペアを解消した理由は何ですか?

2015年3月にペア解消が発表されました。ただし、具体的な理由は公表されていません。日本スケート連盟の当時の担当者も詳細を把握していないと説明しています。

Q3:高橋成美とマーヴィン・トランが別れた理由は何ですか?

高橋は競技に対する考え方の違いからすれ違いが生じたことを説明しています。さらに、2012年のけがや練習環境の変化も競技継続に影響しました。

Q4:高橋成美は何年に引退しましたか?

2018年3月に競技生活を終え、4月5日に所属先の木下グループが正式に発表しました。けがによって十分な練習を積めなくなったことが理由の一つです。

Q5:高橋成美は2026年現在、何をしていますか?

フィギュアスケートの解説者やタレントとして活動しています。また、JOC評議員やアスリート委員など、スポーツ界の活動にも携わっています。

Q6:高橋成美とりくりゅうは同じペアですか?

違います。高橋成美は2015年まで木原龍一とペアを組んでいました。りくりゅうは2019年に結成された三浦璃来・木原龍一組です。

Q7:高橋成美の解説はなぜ話題になったのですか?

専門的な技術解説に加え、選手への感動を率直に伝える独特の表現が注目されたためです。2026年上半期のテレビ出演番組増加数ランキングでは1位になっています。

まとめ:高橋成美のペア競技の功績と2026年の現在

高橋成美の歴代ペアを振り返ると、マーヴィン・トランとの世界選手権銅メダル、木原龍一とのソチオリンピック出場、柴田嶺との平昌五輪への挑戦など、パートナーが変わるたびに新しい目標へ向かってきたことが分かります。

特に押さえておきたいポイントは次の5つです。

- 2012年: マーヴィン・トランと日本ペア初の世界選手権銅メダル。
- 2013年: 木原龍一と新ペアを結成。
- 2014年: ソチオリンピックに出場。
- 2015~2018年: ザボエフ、柴田嶺との挑戦を経て競技引退。
- 2026年: りくりゅうの五輪金メダルを解説者として見届け、テレビ出演でも大きく飛躍。

【プロの結論】

高橋成美の競技人生を評価する際、世界選手権の銅メダルやオリンピック出場回数だけを見るのでは十分ではありません。

注目すべきなのは、パートナーの変更や負傷、練習環境の問題に直面しながら、日本のペア競技を支え続けたことです。

トランとの銅メダルは日本ペアの歴史を切り開き、木原との活動は後のりくりゅうにつながる日本のペア競技の発展にも結びつきました。

そして2026年、かつてのパートナーがオリンピック金メダリストとなった瞬間を、今度は解説者として見届けました。

高橋成美は、メダルを獲得した元選手であると同時に、日本のペア競技の過去と現在をつなぐ存在です。

その競技経験を生かした解説活動やスポーツ界での取り組みは、2026年以降も注目したいところです。