ライダイハンとは何か?人数の推定・戦時性暴力の証言と2026年最新研究を徹底解説

目次

ライダイハンとは、ベトナム戦争期を中心に、韓国人男性とベトナム人女性の間に生まれた子どもや、その子孫を指す呼称です。韓国軍の兵士だけでなく、ベトナムに滞在していた韓国人の民間人や技術者との間に生まれた人々も含まれます。その背景には、戦争中の性的暴力、交際関係、父親による認知や扶養の問題、戦争終結後の家族の分断など、異なる事情が存在しています。

2026年現在も、ライダイハンの正確な人数は確定していません。5,000〜30,000人という推計が紹介される一方、韓国軍による戦時性暴力をめぐる証言、母親たちの高齢化、韓国政府の歴史認識、そして2026年に発表された新しい歴史研究によって、問題の捉え方は変化しています。単なる混血児の問題ではなく、ベトナム戦争の記憶と国家の戦争責任に関わる歴史問題です。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • 意味:ベトナム人女性と韓国人男性の間に生まれた人々を指す歴史的な呼称で、性的暴力によって生まれた子どもだけを意味するわけではない。
  • 人数:公式統計はなく、報道などでは約5,000〜30,000人という推計が紹介されている。
  • 歴史的背景:韓国軍は1964〜1973年に延べ約31万2,853人をベトナムへ派兵した。
  • 現在の問題:母親と子どもへの社会的偏見、父親の不在、教育・生活支援、戦時性暴力の認定などが課題として残る。
  • 2026年の研究:韓国の学術誌に掲載された研究が、従来の父親と子どもを中心とする歴史認識から、ベトナム人母親の視点へと議論を広げている。

【意味・由来】ライダイハンとは誰を指す言葉なのか?

ライダイハンとは

「ライ」と「ダイハン」の意味

ライダイハンは、ベトナム語の「Lai Đại Hàn」に由来する言葉です。「Lai」は混血を意味し、「Đại Hàn」は大韓、すなわち韓国を指します。直訳すれば韓国系の混血という意味合いになります。

ただし、この呼称には注意が必要です。韓国の国立国語院が2009年に公表した差別的表現に関する研究報告では、「ライ」に相当する表現がベトナム社会で侮蔑的・差別的な意味を帯びていることが指摘されています。歴史的な用語として使用されているものの、当事者に対して無条件に使うことが適切とは限りません。

そのため、個人を指す場合には「韓国系ベトナム人」や「ベトナム戦争期に韓国人男性との間に生まれた人々」といった説明的な表現も考えられます。

ライダイハンは全員が性暴力によって生まれたのか

ここは大きな誤解が生じやすい部分です。

ライダイハンと呼ばれる人々の出生背景は一様ではありません。主に次のようなケースが含まれます。

  • 韓国軍兵士による性的暴力の結果として生まれた子ども。
  • 韓国軍兵士とベトナム人女性との交際関係から生まれた子ども。
  • 韓国人の民間人、技術者、労働者などとベトナム人女性との間に生まれた子ども。
  • 戦争終結後や韓国企業の海外進出に伴う人的交流から生まれた子ども。

したがって、すべてのライダイハンを性暴力の被害によって生まれた人々と一括りにすることは正確ではありません。一方で、性的暴力によって生まれた子どもと、その母親が経験した問題を、単なる国際的な交際や混血の問題に置き換えることもできません。

この二つを区別することが、歴史を理解する出発点になります。

【歴史的背景】韓国軍のベトナム戦争派兵からサイゴン陥落まで

1964年から始まった韓国軍の派兵

韓国軍のベトナム派兵は、1964年9月に始まりました。当初は医療部隊や軍事顧問などの非戦闘要員が中心でしたが、1965年には青龍部隊や猛虎部隊などの戦闘部隊が派遣され、1966年には白馬部隊も加わりました。

韓国政府が派兵を決定した背景には、アメリカとの同盟関係、北朝鮮への安全保障上の警戒、軍事的な協力関係の強化がありました。また、アメリカからの経済的・軍事的支援や、韓国企業の海外進出を後押しする経済的な側面も存在しました。

韓国の国家記録院などの歴史資料によると、1964年から1973年までの派兵人数は延べ312,853人に達しています。これは同時にベトナムに滞在していた人数ではなく、交代要員を含めた累計です。

1973年の撤兵と1975年のサイゴン陥落

韓国軍は1973年3月までにベトナムから撤退しました。その後、1975年4月30日には北ベトナム軍が南ベトナムの首都サイゴンを制圧し、ベトナム戦争は終結へと向かいます。

戦争によって生まれた家族の分断は、この時期に深刻化しました。韓国人男性の帰国や離別によって、ベトナムに残された女性と子どもが、父親からの認知や経済的支援を受けられない状況が生まれたのです。

とりわけ、父親の身元を確認できない子どもや、父親との関係を公にできない家庭では、教育や生活の面でも不利な状況に置かれることがありました。

歴史を理解するための重要年表

  • 1964年:韓国軍がベトナムへの派兵を開始。
  • 1965年:韓国軍の戦闘部隊が本格的に派遣される。
  • 1973年:韓国軍がベトナムから撤退。
  • 1975年:サイゴン陥落。ベトナム戦争が終結。
  • 1986年:ベトナムがドイモイ政策を採択し、経済改革を進める。
  • 1992年:韓国とベトナムが国交を正常化。
  • 2022年:両国関係が包括的戦略パートナーシップへ格上げされる。
  • 2025年:ベトナム戦争中の民間人虐殺をめぐる韓国の国家賠償訴訟で控訴審判決が出る。
  • 2026年:ライダイハンを母系の視点から再検討する歴史研究が発表される。

【人数・関係性】ライダイハンは何人いる?5,000〜30,000人説の根拠

正確な人数が把握されていない理由

ライダイハンの人数について、ベトナム政府や韓国政府が公表した確定的な公式統計はありません。

報道では、韓国の地方紙「釜山日報」が紹介した推計として、約5,000〜30,000人という数字が広く取り上げられています。2024年の英国紙ガーディアンも、この推計を紹介しました。

ただし、この数字は国勢調査や政府による一斉調査で確認されたものではありません。推計の対象となる世代や、韓国人の父親の範囲、戦争中と戦後の出生をどこまで含めるかによって、数値に違いが生まれます。

2023年に国連の人権関連審査に提出された民間側の資料でも、5,000〜20,000人という推計が示されています。これも公的な人口統計ではなく、民間側の報告に基づく数字です。

関係者と問題の構造を整理

関係する主体 ライダイハンとの関係 歴史的・社会的な論点
韓国軍兵士 ベトナム人女性との間に子どもが生まれたケースがある 性的暴力の証言、戦時責任、軍の記録や調査
韓国人の民間人・技術者 現地の女性との間に子どもが生まれたケースがある 父親による認知、扶養、帰国後の関係断絶
ベトナム人母親 子どもを出産し、育てた当事者 生活困窮、偏見、性暴力の被害、社会的認知
ライダイハンと呼ばれる子どもたち 韓国人男性とベトナム人女性の間に生まれた世代 出自への偏見、教育、就労、父親との関係
新ライダイハン ドイモイ以降の韓国企業進出などに伴って生まれた次世代 戦時世代とは異なる、戦後の国際的な責任問題
韓国・ベトナム両政府 歴史問題と現在の二国間関係に関わる 歴史認識、調査、被害者支援、外交上の課題

5,000〜30,000人という数字をどう理解すべきか

推計値に幅があることは、問題が存在しないことを意味しません。むしろ、出生記録や父親の情報が不十分で、当事者自身が出自を公表しにくい状況が続いてきたことを考える必要があります。

また、戦時中の性的暴力を受けた女性の人数と、その結果として生まれた子どもの人数は、同じ統計ではありません。母親の被害経験と子どもの出生を別々に捉えなければ、実態の把握は難しくなります。

したがって、現段階では「ライダイハンは約何万人」と断定するより、公式統計が存在せず、複数の推計が併存しているという理解が適切です。

【戦時性暴力と母親たちの証言】韓国軍による被害と現在まで続く苦悩

韓国軍による戦時性暴力をめぐる証言

ライダイハン問題の中でも、最も深刻な論点の一つが、ベトナム戦争中に韓国軍兵士による性的暴力を受けたとする女性たちの証言です。

被害を訴える女性たちの証言には、兵士による強制的な性的行為、暴行、妊娠、出産、そしてその後の生活困窮などが含まれます。被害を受けた女性の中には、当時まだ10代前半だったとされる人々もいます。

シンガポールのISEASユソフ・イシャク研究所の研究員ファン・スアン・ズン氏は、2023年の論考で、韓国軍による民間人虐殺や性的暴力をめぐる問題を取り上げました。同論考は、ベトナム側の証言や被害者運動を紹介しながら、韓国政府による包括的な事実調査と責任認定が進んでいないことを指摘しています。

一方、個々の証言を歴史的に検証するには、当時の軍事記録、現地の記録、証言者の記憶、第三者による調査を照合する必要があります。性的暴力の被害全体について、政府が確定した統計が存在するわけではありません。

母親トラン・ティ・ガイ氏が語った経験

被害を訴える母親の一人として知られるのが、ベトナム人女性のトラン・ティ・ガイ氏です。

彼女は2024年5月、英国紙ガーディアンに寄稿し、韓国軍兵士による性的暴力と、その後の家族の苦難について自らの経験を語りました。

彼女の証言によると、最初の被害を受けたのは24歳のときでした。妊娠が判明した後も苦しい状況が続き、その後、同じ加害者との生活を強いられた期間が約2年間あったとしています。さらに、別の韓国軍関係者による性的暴力で3人目の子どもを妊娠したとも述べています。

彼女には、韓国軍兵士による性的暴力の結果として生まれた3人の子どもがいます。子どもたちは出自を理由に偏見を受け、教育や社会サービスへのアクセスにも困難を抱えてきたと証言しています。

「私たちは被害者ではない。生き抜いてきた人間であり、母であり、正義を求める活動家だ」

— トラン・ティ・ガイ氏の2024年5月のガーディアン寄稿より(日本語訳)

この言葉が示すのは、母親たちが単に過去の被害を語る存在ではないということです。彼女たちは子どもを育て、生活を維持しながら、長年にわたって社会的な認知と正義を求めてきました。

母親と子どもが直面してきた社会的な問題

母親たちの証言や報道からは、次のような問題が浮かび上がります。

  • 教育機会:混血という出自を理由に、学校生活で差別や排除を経験した人々がいる。
  • 生活基盤:父親からの経済的支援を受けられず、母親が単独で子どもを育てた家庭がある。
  • 社会的偏見:敵国側の血を引く子どもとして扱われ、自身の出自を隠す人々がいる。
  • 医療・福祉:貧困や社会的孤立によって、必要な医療や生活支援を受けにくい状況が報告されている。
  • 高齢化:被害を証言できる母親たちが高齢になり、直接証言を残せる時間が限られている。

ガーディアンが紹介した2019年時点の推計では、性的暴力を受けたとされる女性のうち約800人が生存していたとされています。ただし、これは2019年時点の報道上の推計であり、2026年現在の生存者数を示すものではありません。

母親たちが求めているものは、金銭的な補償だけではありません。自らの経験が認められ、子どもたちが差別や偏見を受けずに暮らせる社会を実現することも、大きな願いとなっています。

【新ライダイハン問題と2026年最新研究】母親の視点から歴史を見直す

1986年のドイモイ政策がもたらした変化

ライダイハン問題が韓国社会で広く報道されるようになった背景には、1986年のベトナムのドイモイ政策があります。

ドイモイは、1986年12月のベトナム共産党第6回党大会で打ち出された改革路線です。中央集権的な計画経済を見直し、市場原理の導入や対外経済関係の拡大を進めました。

この改革によって、ベトナムは外国との経済交流を拡大していきます。韓国との関係も徐々に変化し、ベトナムに残された韓国系の子どもたちの生活実態が韓国側の報道で取り上げられるようになりました。

韓国社会では、支援団体の設立や募金活動などが展開されました。父親の国である韓国が、ベトナムに残された子どもたちを支援するという人道的な取り組みが広がったのです。

1992年の国交正常化と新ライダイハン

1992年12月22日、韓国とベトナムは正式に外交関係を樹立しました。これによって両国間の経済交流や人的往来はさらに拡大していきます。

その一方で、韓国企業の海外進出や韓国人男性のベトナム滞在に伴い、新たな世代の子どもたちが生まれるようになりました。こうした人々を指して「新ライダイハン」という呼称が使われています。

この新ライダイハン問題は、ベトナム戦争期に生まれた人々とは区別して理解する必要があります。

新ライダイハンの背景には、戦時性暴力ではなく、戦後の経済活動、男女関係、婚姻関係、父親による認知や扶養の問題などがあります。もちろん個々の事情は異なり、すべての家庭を同じ問題として扱うことはできません。

重要なのは、ライダイハンという問題が1975年の戦争終結とともに消えたわけではなく、国際的な経済交流の拡大に伴って、別の形でも継続している点です。

2026年の歴史研究が示した新しい視点

2026年の注目すべき研究として、韓国の学術誌『歴史批評』第156号(2026年8月)に掲載された、Hong Buil氏の論文「90年代『ライダイハン』シンドローム―成長主義、家族・民族主義が濾過した戦争責任、そして『母系』という亀裂」があります。

この研究は、1990年代に韓国社会でライダイハン問題が報道され、支援活動が広がった過程を歴史的に分析しています。

研究が注目したのは、当時の韓国社会で形成された「父親と子どもの再会」という物語です。

韓国人の父親が残した子どもを、父親の国である韓国が支援するという構図は、人道的な意味を持っていました。しかし、研究は、この家族再会を中心とした物語によって、ベトナム人母親の存在が歴史の中で脇に追いやられた可能性を指摘しています。

母親たちは、夫を待ち続け、再婚せずに子どもを育てた存在として描かれることが多く、母親自身の意思や経験、権利が十分に扱われなかったという分析です。

さらに、韓国の経済成長とベトナム戦争の関係についても再考を促しています。戦争が韓国の経済発展に寄与したという国家的な記憶の中で、戦争によって生じた被害や責任が十分に検討されてきたのかという問題提起です。

この論文が特に重視するのは、従来の家族再会の物語からこぼれ落ちてきた人々です。

  • 韓国軍による性的暴力の結果として生まれた子どもたち。
  • 韓国企業の海外進出に伴って生まれた新ライダイハン。
  • 子どもの養育を担い、歴史の語り手から外されてきたベトナム人母親。

つまり、2026年の研究は、ライダイハンを単に韓国人男性の子どもとして見るのではなく、母親の権利や経験を含めた歴史問題として再構成する必要性を示しています。

なお、この論文は新たな人口調査によって人数を確定した研究ではありません。1990年代の報道や支援活動、戦争記憶の形成を分析した歴史研究であり、ライダイハン問題の理解を深める新しい視点を提示したものです。

【現在の状況と戦争責任】韓国政府の対応と歴史問題の行方

韓国政府による認定と謝罪をめぐる問題

2026年現在、韓国とベトナムは政治・経済の両面で緊密な関係を築いています。2022年12月には両国関係が包括的戦略パートナーシップへ格上げされ、外交・安全保障・経済協力が拡大しました。

しかし、良好な外交関係が過去の問題の解決を意味するわけではありません。

ベトナム戦争中の韓国軍による民間人虐殺や性的暴力をめぐっては、被害者側の証言や調査を求める声が続いています。一方、韓国政府はこれらの問題について包括的な事実認定や責任の明確化を実現していません。

ベトナム政府も、韓国との協力関係を重視する外交姿勢を維持しています。ISEASの研究者は、ベトナムが過去の問題を外交上の対立に直結させず、未来志向の協力を進めてきた一方、被害者の責任追及を求める声が強まっていると分析しています。

歴史問題を棚上げすることと、歴史的事実を否定することは別です。被害者の証言や歴史的記録を尊重しながら、現在の外交関係を維持する方法が問われています。

2023年の韓国裁判所による国家賠償判決

戦争責任を考えるうえで重要な出来事が、2023年2月7日にソウル中央地裁が出した判決です。

この裁判は、1968年のフォンニィ・フォンニャット村で起きた韓国軍による民間人虐殺事件の生存者、グエン・ティ・タン氏が韓国政府に損害賠償を求めたものです。

彼女は2020年に提訴し、韓国軍による攻撃で家族を失い、自身も負傷したと訴えました。2023年の判決では、韓国政府に約3,000万ウォンの賠償が命じられました。

さらに2025年1月17日、控訴審でも原判決が維持されました。韓国政府の控訴は退けられ、韓国軍によるベトナム民間人の殺害について国家賠償責任を認めた判断が維持されたのです。

この判決は、韓国軍による民間人虐殺をめぐる国家責任について、韓国の司法が示した重要な判断です。

ただし、ここで区別すべき点があります。この裁判は民間人虐殺の被害をめぐる国家賠償訴訟であり、ライダイハンの存在や戦時性暴力の被害全体を包括的に認定した判決ではありません。

それでも、被害者の証言や歴史的記録を法廷で検証し、国家の責任を問う道が開かれたという意味で、今後の歴史問題を考えるうえで大きな転換点となりました。

2026年に残されている課題

現在のライダイハン問題には、大きく分けて四つの課題があります。

第一は、歴史的事実の調査です。軍事記録や外交資料、被害者証言を照合し、戦時中に何が起きたのかを明らかにする必要があります。

第二は、母親と子どもの尊厳の回復です。差別や偏見を経験してきた人々が、教育・医療・福祉などの面で不利益を受けない環境づくりが求められます。

第三は、韓国政府の責任です。個々の被害者に対する事実確認、適切な認定、謝罪や補償のあり方を検討することが課題です。

第四は、ベトナム人母親の声を歴史に残すことです。子どもの出自や父親の責任だけでなく、母親自身の経験、意思、生活、権利を記録する必要があります。

特に、母親たちの高齢化は時間的な制約を生み出しています。証言できる人が減少すれば、戦争の実態を直接伝える機会も失われていきます。

2026年の研究が母親の視点を重視したことは、こうした課題を考えるうえでも重要な意味を持っています。

【ライダイハンとは何か】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:ライダイハンとは韓国人とベトナム人の間に生まれた子どものことですか?

A1:基本的には、ベトナム戦争期を中心に韓国人男性とベトナム人女性との間に生まれた人々を指します。韓国軍兵士だけでなく、韓国人の民間人や技術者との間に生まれた人々も含まれます。

Q2:ライダイハンは何人いるのでしょうか?

A2:公式統計はありません。報道では約5,000〜30,000人という推計が紹介されていますが、確定した人数ではありません。推計の対象や定義によって数字に違いがあります。

Q3:ライダイハンは全員が韓国軍の性暴力によって生まれたのですか?

A3:いいえ。性的暴力によって生まれた人々もいますが、韓国人男性との交際関係や民間人・技術者との関係から生まれた人々もいます。個々の出生事情は異なります。

Q4:新ライダイハンとは何ですか?

A4:1986年のドイモイ政策以降、韓国企業のベトナム進出や人的交流の拡大に伴い、韓国人男性とベトナム人女性との間に生まれた次世代を指す呼称です。ベトナム戦争期に生まれたライダイハンとは、歴史的背景が異なります。

Q5:2026年現在、ライダイハン問題は解決していますか?

A5:解決したとはいえません。韓国軍による戦時性暴力をめぐる包括的な事実認定や責任問題、母親と子どもへの社会的支援、歴史的記録の保存などが残されています。2025年には民間人虐殺をめぐる国家賠償訴訟の控訴審判決が出ましたが、性暴力やライダイハン問題全体を解決したものではありません。

まとめ:ライダイハン問題を理解するために必要な歴史認識と判断基準

ライダイハンとは、ベトナム戦争期を中心に韓国人男性とベトナム人女性との間に生まれた人々を指す歴史的な呼称です。その背景には、韓国軍の派兵、戦時性暴力、民間人との関係、父親による認知や扶養の問題、戦争終結後の家族の分断など、複数の歴史的要因があります。

人数については5,000〜30,000人という推計があるものの、公式統計は存在しません。また、すべての子どもが性暴力によって生まれたわけではなく、それぞれの家庭や出生事情を区別して考える必要があります。

2026年の最新研究が示した重要な視点は、これまで父親と子どもを中心に語られがちだった歴史に、ベトナム人母親の経験と権利を取り戻すことです。母親たちは、子どもを育てながら差別や貧困に直面し、長年にわたって社会的な認知を求めてきました。

ライダイハン問題を正確に理解するためには、次の四つの基準が欠かせません。

  • 歴史的な呼称と、当事者一人ひとりの事情を混同しない。
  • 公式統計と報道・民間団体による推計を区別する。
  • 母親の証言を尊重しつつ、個別の証言と歴史全体の検証を区別する。
  • 民間人虐殺の国家責任と、戦時性暴力・子どもの権利をめぐる問題を分けて考える。

ベトナムと韓国の外交関係が発展しても、過去に生じた被害や家族の苦しみが自動的に解消されるわけではありません。必要なのは、歴史的事実の検証、被害を受けた人々の尊厳の回復、そして次世代に同じ苦しみを引き継がせないための取り組みです。

ライダイハン問題は、ベトナム戦争の過去だけを問うものではありません。戦争によって生じた責任を、国家と社会がどのように記憶し、被害者の声に向き合うのかを問い続ける問題なのです。

主な参照資料・研究