織田絆誠とは何者か?任侠山口組結成から2026年最新逮捕報道まで徹底解説
織田絆誠(おだよしのり)とは何者なのか。2017年に神戸山口組から離脱し、任侠山口組を結成した人物として知られる織田絆誠は、山口組分裂騒動を語るうえで重要な存在です。その後、組織は2020年に「絆會」へ名称を変更。さらに2026年6月には、2017年に神戸市長田区で発生した襲撃事件をめぐり、約9年間指名手配されていた菱川龍己容疑者が逮捕され、大きな注目を集めました。
織田絆誠の読み方、本名、経歴、任侠山口組の結成背景、絆會への名称変更、楠本勇浩さん射殺事件、そして2026年11月現在の組織をめぐる動きまで、警察庁の公表資料や神戸新聞、毎日新聞などの報道をもとに整理します。特に2026年6月の逮捕だけでなく、その後の起訴や9月の特定抗争指定解除も含め、人物と組織の現在地を確認します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 読み方:織田絆誠は「おだよしのり」。警察庁の資料では本名の金禎紀(きん・よしのり)も記載されています。
- 組織の変遷:2017年4月に任侠山口組を結成し、2020年2月に絆會へ名称変更しました。
- 2017年の襲撃事件:9月12日、神戸市長田区で警護役の楠本勇浩さんが射殺されました。
- 2026年の最新動向:6月23日に菱川龍己容疑者が逮捕され、7月に起訴。9月には逃亡支援をめぐる再逮捕も報じられました。
- 組織の現在:2026年9月21日、六代目山口組との特定抗争指定は解除されました。ただし、指定暴力団としての指定解除とは別の問題です。
【織田絆誠とは何者?】読み方・本名・人物像を整理

織田絆誠の読み方は「おだよしのり」
織田絆誠の読み方は、「おだよしのり」です。
一般的な漢字の読み方とは異なるため、初めて名前を見た人には読みづらい人物の一人かもしれません。
講談社から刊行されたノンフィクション作品『山口組三国志 織田絆誠という男』でも、タイトルの読みは「おだよしのりというおとこ」とされています。
警察庁の2017年組織犯罪情勢に関する資料では、任侠山口組の代表について「織田絆誠こと金禎紀」と記載されています。
つまり、織田絆誠は通称として使用されている名前であり、金禎紀という本名も公的資料に登場します。
公的資料と報道から分かる人物プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 通称 | 織田絆誠 |
| 読み方 | おだよしのり |
| 本名 | 金禎紀 |
| 主な肩書 | 任侠山口組代表、絆會会長として報道 |
| 関連組織 | 神戸山口組、任侠山口組、絆會 |
| 主な転換点 | 2017年の任侠山口組結成 |
| 関連書籍 | 『山口組三国志 織田絆誠という男』 |
| 主な関連事件 | 2017年9月12日の神戸市長田区襲撃事件 |
織田絆誠を理解するうえで重要なのは、一般的な芸能人や企業経営者のようなプロフィール情報よりも、山口組の組織再編と彼の立場の変化です。
生い立ちや家族構成などについては、信頼できる公的資料で確認できる情報が限られています。断片的なネット情報を、そのまま確定した経歴として扱うことはできません。
神戸山口組での立場が注目された理由
織田絆誠は、神戸山口組の内部で若頭代行を務めた人物として知られています。
講談社の書籍紹介でも、神戸山口組の若頭代行だった人物が2017年に組織を離れ、新たな団体の代表に就任した経緯が説明されています。
この経歴が重要なのは、単に一つの組織を立ち上げたという話ではないからです。
山口組の分裂によって生じた組織間の対立が、さらに内部の分裂へと発展した。その過程で織田絆誠は、新たな勢力の代表として報道されるようになりました。
【経歴と組織の変遷】任侠山口組の結成から絆會への名称変更まで
織田絆誠の経歴を理解するには、2015年から始まった山口組の分裂騒動を押さえる必要があります。
2015年:六代目山口組から神戸山口組が分裂
2015年8月末、六代目山口組の直系組長13人が離脱し、神戸山口組を結成しました。
警察庁の公表資料によると、この分裂後、両組織の関係者による発砲事件や傷害事件などが各地で発生しています。
警察庁は2016年3月7日、六代目山口組と神戸山口組について対立抗争状態にあると判断しました。
背景には、組織運営や上納金制度などをめぐる不満があったと神戸新聞などが報じています。
ただし、分裂の原因を一つの出来事だけで説明することはできません。組織内の人事、資金、指揮系統、長年の関係性などが複雑に絡んだ問題でした。
2017年4月:任侠山口組が結成される
次の大きな転換点が2017年4月です。
神戸山口組の傘下組織の一部が離脱し、「任侠団体山口組」の結成を表明しました。その後、名称は「任侠山口組」となります。
代表に就任したのが織田絆誠でした。
警察庁の資料でも、2017年4月に神戸山口組の一部が任侠山口組の結成を表明したことが記録されています。
これにより、六代目山口組、神戸山口組、任侠山口組という三つの勢力が並ぶ構図が生まれました。
2018年:指定暴力団に指定
2018年3月22日、兵庫県公安委員会は任侠山口組を暴力団対策法に基づく指定暴力団に指定しました。
指定暴力団とは、暴力団対策法が定める要件を満たし、都道府県公安委員会から指定を受けた団体です。
単に報道で「暴力団」と呼ばれることとは異なり、法律に基づく行政上の指定である点が重要です。
2020年2月:絆會へ名称変更
2020年2月17日、兵庫県公安委員会は任侠山口組から絆會への名称変更を官報で公示しました。
神戸新聞によると、組織側は山口組の再統合が困難になったことなどを改名の理由としていました。
この変更では、当時の所在地や代表者、指定暴力団としての指定期間に変更はないと報じられています。
つまり、名称変更によって組織が新しく設立されたわけではありません。任侠山口組から絆會へと名称が移行したということです。
年代別に見る織田絆誠と絆會の重要な出来事
| 年月 | 出来事 | 意味・位置づけ |
|---|---|---|
| 2015年8月 | 六代目山口組から神戸山口組が分裂 | 山口組分裂騒動の発端 |
| 2016年3月 | 警察庁が対立抗争状態と判断 | 警察による対立認定 |
| 2017年4月 | 任侠団体山口組の結成表明 | 織田絆誠が代表に就任 |
| 2017年9月12日 | 神戸市長田区で襲撃事件 | 楠本勇浩さんが死亡 |
| 2018年3月 | 任侠山口組が指定暴力団に指定 | 法律上の指定 |
| 2020年2月17日 | 絆會へ名称変更 | 任侠山口組から改称 |
| 2024年6月 | 六代目山口組との特定抗争指定 | 活動に対する追加的な制限 |
| 2026年6月23日 | 菱川龍己容疑者を逮捕 | 2017年事件の捜査が進展 |
| 2026年7月13日 | 菱川被告を起訴 | 刑事裁判の手続きへ |
| 2026年9月21日 | 六代目山口組との特定抗争指定解除 | 当該関係の特定抗争指定が終了 |
【2017年の襲撃事件】楠本勇浩さん射殺と織田絆誠の関係
織田絆誠の名前が事件報道で大きく取り上げられた出来事の一つが、2017年9月12日に発生した神戸市長田区の襲撃事件です。
神戸市長田区で何が起きたのか
事件が発生したのは、2017年9月12日午前10時ごろ。
場所は兵庫県神戸市長田区五番町3の路上でした。
当時、任侠山口組の代表だった織田絆誠が乗る車が襲撃され、警護役を務めていた楠本勇浩さんが銃撃されて死亡しました。
楠本さんは事件当時44歳でした。
毎日新聞の2026年6月23日の報道では、事件の発生時刻は午前10時5分ごろとされ、織田代表の警護役だった楠本さんが殺害された事件として伝えられています。
事件の背景にあった神戸山口組との対立
この事件を理解するうえで重要なのは、発生時期です。
任侠山口組が神戸山口組から離脱したのは2017年4月。襲撃事件が起きたのは、その約5か月後でした。
つまり、神戸山口組内部の分裂が表面化してから間もない時期に発生した事件です。
当時の報道では、襲撃に関与したとされる人物は神戸山口組系の組員とされ、兵庫県警は組織間の対立を背景に捜査を進めていました。
神戸新聞の過去の報道でも、山口組分裂後の抗争が各地に広がり、神戸山口組と任侠山口組の間でも事件が発生していたことが説明されています。
ただし、組織間の対立が事件の背景にあったという捜査上の見方と、個々の被告人の刑事責任は区別して考える必要があります。
楠本勇浩さん射殺事件で確認されている人物関係
| 人物・組織 | 当時の立場 | 事件との関係 |
|---|---|---|
| 織田絆誠 | 任侠山口組代表 | 襲撃対象とされた車に乗車 |
| 楠本勇浩さん | 任侠山口組関係者 | 織田代表の警護役。事件で死亡 |
| 菱川龍己 | 当時の神戸山口組系組員 | 事件の殺人・銃刀法違反容疑で逮捕、起訴 |
| 神戸山口組 | 指定暴力団 | 当時の組織間対立の一方 |
| 任侠山口組 | 2017年結成 | 襲撃された側の組織 |
この事件では、織田絆誠本人が死亡したわけではありません。亡くなったのは警護役の楠本さんです。
この点は、事件の概要を調べる際に混同されやすい部分です。
【2026年6月の逮捕報道】菱川龍己容疑者は何者なのか
2026年6月、2017年の襲撃事件に関する大きな進展がありました。
約9年間にわたって指名手配されていた菱川龍己容疑者が逮捕されたのです。
2026年6月23日に菱川龍己容疑者を逮捕
毎日新聞などの報道によると、兵庫県警は2026年6月23日、殺人と銃刀法違反の疑いで菱川龍己容疑者を逮捕しました。
逮捕時の年齢は50歳と報じられています。
事件発生から逮捕まで約9年。逮捕場所は山口県下松市内の集合住宅でした。
2017年の事件当時、菱川容疑者は神戸山口組系の組員だったとされています。
兵庫県警は、複数人と共謀し、織田絆誠代表を乗せた車を襲撃した際、警護役の楠本勇浩さんを殺害した疑いがあるとして捜査していました。
なお、逮捕時点で警察は容疑者の認否を明らかにしていませんでした。
逮捕後の重要な動き:7月の起訴と9月の再逮捕
今回の事件で重要なのは、6月の逮捕だけではありません。
その後も刑事手続きが進んでいます。
- 2026年6月23日: 菱川龍己容疑者を殺人・銃刀法違反容疑で逮捕。
- 2026年7月13日: 神戸地検が殺人・銃刀法違反の罪で起訴。
- 2026年9月9日: 逃亡生活を手助けするよう依頼した疑いで再逮捕。
- 2026年9月: 逃亡を支援したとされる人物らについても逮捕が報道される。
- 2026年10月16日: 逃亡中の菱川被告をかくまったとされる63歳の男性が犯人蔵匿罪で起訴されたと神戸新聞が報道。
7月の起訴については、ラジオ関西が神戸地検の発表を報道しています。
また、9月の再逮捕について神戸新聞は、菱川容疑者が逃亡中だった2026年5月16日から6月18日までの間、第三者に自身をかくまうよう依頼した疑いがあると伝えました。
この件では、逃亡生活を支援したとされる人物や通信機器の契約に関係した人物も捜査対象となっています。
逮捕と有罪判決は同じではない
ここで注意したいのは、逮捕や起訴と有罪判決は異なるということです。
菱川被告については、2026年7月に起訴されたことが報じられていますが、逮捕されたという事実だけで有罪が確定したわけではありません。
また、逃亡支援に関する別事件も、関係者それぞれの容疑と刑事責任を個別に判断する必要があります。
2017年の事件から約9年を経て捜査が進展したことは大きなニュースですが、最終的な司法判断とは分けて理解する必要があります。
【織田絆誠の現在】2026年11月の絆會と組織をめぐる最新情勢
織田絆誠の現在を考えるうえでは、本人の動向と、絆會という組織の法的・社会的な状況を分ける必要があります。
2026年現在、織田絆誠は何をしているのか
2026年6月の逮捕報道では、毎日新聞は2017年当時の織田絆誠を「任侠山口組の代表」として紹介しています。
ただし、これは事件当時の肩書を示す記述です。
2026年11月現在の織田氏本人の具体的な活動状況、居住地、対外的な活動予定などについては、信頼性の高い最新の公的発表や報道で詳細を確認できる情報が限られています。
したがって、過去の肩書をそのまま現在の活動実態と同一視することはできません。
絆會は現在も指定暴力団なのか
この点は、2026年の最新情勢を理解するうえで特に重要です。
まず、指定暴力団と特定抗争指定暴力団は異なる制度上の区分です。
指定暴力団は暴力団対策法に基づく指定であり、特定抗争指定暴力団は指定暴力団等の対立抗争に対して、さらに活動を制限するための指定です。
兵庫県警が公表している指定状況では、2026年1月5日現在、絆會は指定暴力団の一つとして掲載されています。
一方、2026年9月には六代目山口組と絆會の間の特定抗争指定について、延長を見送ることが決まりました。
9月21日に指定が解除されたと報じられています。
解除の背景として報道されたのは、両組織間で抗争に起因するとみられる事件が約3年5か月間発生していなかったことや、幹部への聞き取り結果などです。
重要なのは、特定抗争指定の解除は、絆會そのものの指定暴力団としての指定解除を意味しないということです。
2026年9月の指定解除で何が変わったのか
特定抗争指定が適用されている場合、警戒区域内での事務所の使用や多数での集合など、一定の行為が制限されます。
今回の解除によって、六代目山口組との関係で適用されていた特定抗争指定に基づく制限は終了しました。
ただし、これをもって組織間のあらゆる問題が解消したと判断することはできません。
神戸山口組との関係では、六代目山口組に対する特定抗争指定が引き続き延長されていると神戸新聞が報じています。
つまり、山口組をめぐる分裂問題全体が一度に終結したわけではありません。
【溝口敦の著書を読む】『山口組三国志 織田絆誠という男』の位置づけ
織田絆誠について調べる読者にとって、参考資料の一つになるのがノンフィクション作家・ジャーナリストの溝口敦による著書です。
著者:溝口敦
出版社:講談社
単行本:2017年11月15日発売
文庫版:2018年9月発売
文庫版:368ページ
書籍で扱われているテーマ
講談社の紹介によると、この作品では山口組の分裂と再編を中心に、組織の歴史や織田絆誠が任侠山口組の代表となるまでの経緯が取り上げられています。
主な構成は次のとおりです。
- 任侠山口組の誕生
- 織田絆誠の人物像
- 五代目山口組の組織運営
- 六代目山口組の体制
- 神戸山口組の設立
- 山口組両派の和解工作
- 神戸山口組の内部事情
単なる人物紹介ではなく、山口組の長期的な組織変化を背景に、織田絆誠という人物を位置づけた作品です。
報道資料とノンフィクションをどう読み分けるか
このテーマを深く理解するには、資料の性質を区別することが欠かせません。
警察庁の資料は、組織の指定や対立抗争の認定など、行政上の事実を確認するために役立ちます。
一方、新聞報道は事件の発生状況や逮捕、起訴など、その時点で進行している出来事を把握するのに適しています。
溝口敦の著書は、長年の取材を背景とした歴史的・人物的な分析を読むための資料です。
それぞれ役割が異なります。書籍に記された人物評価や関係者の証言を、警察の公式認定や裁判所の判断と同じものとして扱わないことが大切です。
【プロの結論】織田絆誠を理解するための3つの重要な視点
織田絆誠という人物をめぐる報道には、山口組の分裂、任侠山口組の結成、2017年の襲撃事件、2026年の容疑者逮捕など、複数の出来事が重なっています。
その全体像を理解するためには、次の3点が重要です。
1. 人物の経歴と組織の歴史を切り離さないこと
織田絆誠は、2017年に任侠山口組を結成した代表として知られる人物です。彼の経歴は、2015年以降の山口組分裂騒動と密接に結びついています。
個人のプロフィールだけでは、なぜ注目されたのかを十分に理解できません。
2. 逮捕報道と組織の現在を混同しないこと
2026年6月の菱川龍己容疑者の逮捕は、2017年の事件に関する捜査の進展です。
一方、2026年9月の特定抗争指定解除は、六代目山口組と絆會の関係に関する行政上の判断です。
両者は関連する歴史的背景を持ちながら、別々の出来事です。
3. 事件の事実と人物評価を分けること
織田絆誠の人物像については、報道やノンフィクション作品でさまざまな評価が紹介されてきました。
しかし、人物に対する評価と、警察が公表した事実や裁判で認定された事実は同じではありません。
公的資料、新聞報道、取材に基づく書籍を照合することで、人物像と組織の実態をより立体的に理解できます。
【織田絆誠の読み方・経歴・現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:織田絆誠の読み方は何ですか?
織田絆誠は「おだよしのり」と読みます。本名は金禎紀と警察庁の資料に記載されています。
Q2:織田絆誠は任侠山口組を結成した人物ですか?
はい。2017年4月に神戸山口組から離脱した勢力が任侠団体山口組の結成を表明し、織田絆誠が代表に就任しました。その後、2020年2月に絆會へ名称変更しています。
Q3:織田絆誠は2026年現在も絆會の代表ですか?
過去には任侠山口組代表、絆會会長として報道されています。ただし、2026年11月現在の本人の具体的な活動状況や最新の役職については、確認できる公的情報が限られています。
Q4:楠本勇浩さん射殺事件の容疑者は逮捕されましたか?
はい。2017年9月12日に神戸市長田区で発生した事件について、菱川龍己容疑者が2026年6月23日に逮捕されました。同年7月13日に殺人・銃刀法違反の罪で起訴されています。
Q5:絆會は2026年現在も指定暴力団ですか?
特定抗争指定の解除と指定暴力団としての指定解除は別の制度です。2026年9月21日に六代目山口組との特定抗争指定が解除されましたが、それだけで指定暴力団としての指定が解除されたことにはなりません。
Q6:溝口敦の『山口組三国志 織田絆誠という男』はどんな本ですか?
山口組の分裂や神戸山口組の結成、任侠山口組の誕生などを背景に、織田絆誠の人物像を取り上げたノンフィクション作品です。2017年に単行本、2018年に文庫版が刊行されました。
まとめ:織田絆誠の経歴と2026年最新情報を正しく理解する
織田絆誠(おだよしのり)は、神戸山口組の若頭代行を経て、2017年4月に任侠山口組を結成した人物です。その組織は2020年2月に絆會へ名称変更し、山口組分裂騒動の中で独自の立場を築いてきました。
2017年9月12日の神戸市長田区襲撃事件では、織田代表の警護役だった楠本勇浩さんが死亡しました。この事件をめぐっては、2026年6月23日に菱川龍己容疑者が逮捕され、7月に起訴されています。さらに9月には逃亡支援をめぐる再逮捕があり、10月にも関係者の起訴が報じられました。
また、2026年9月21日には六代目山口組との特定抗争指定が解除されましたが、これは絆會の指定暴力団としての指定解除とは異なります。
織田絆誠の現在を知るためには、個人の動向だけでなく、組織の変遷、事件の刑事手続き、暴力団対策法に基づく行政上の指定をそれぞれ確認することが重要です。2026年11月現在も、2017年の事件をめぐる捜査と司法手続きの動向は、山口組分裂騒動の歴史を理解するうえで見逃せないテーマとなっています。