【まず整理】黒姫山力士は元関脇の秀男と現役の虎之介

目次

「黒姫山」という四股名には、異なる時代を生きた二人の力士がいます。

一人は、昭和の土俵で横綱を相手に果敢な相撲を見せた元関脇・黒姫山秀男。もう一人は、その孫として2023年に祖父の四股名を継承した黒姫山虎之介です。

混同しやすい二人のプロフィールを整理すると、次のようになります。

項目 黒姫山秀男 黒姫山虎之介
本名 田中秀男 田中虎之介
生年月日 1948年11月12日 2002年1月24日
出身地 新潟県青海町(現糸魚川市) 新潟県糸魚川市
所属部屋 立浪部屋 境川部屋
最高位 東関脇 幕下6枚目
主な実績 三賞8回・金星6個 2026年11月場所は西幕下17枚目
四股名の使用 1960年代~1982年 2023年7月場所から
現在 2019年4月25日死去 現役力士

この比較で重要なのは、二人が親子ではなく祖父と孫であることです。また、所属部屋も異なります。

日本相撲協会の力士プロフィールでは、虎之介の本名、所属部屋、最高位、戦歴が公開されています。日刊スポーツも、2023年の改名時に祖父と孫の関係を報じています。

【元関脇・黒姫山秀男】経歴と通算成績677勝691敗2休の実力

黒姫山力士

黒姫山秀男のプロフィール

黒姫山秀男は、1948年11月12日、新潟県西頸城郡青海町(現在の糸魚川市)に生まれました。本名は田中秀男です。

立浪部屋に入門し、1964年3月場所で初土俵を踏みました。現役時代の体格は身長182cm、体重147kg。得意としたのは押し相撲や右四つからの寄りでした。

新潟出身の力士として頭角を現し、幕内上位で長く活躍。1974年7月場所には、自身の最高位となる関脇に昇進しています。

最高位は東関脇!出世までの経歴

黒姫山は初土俵から約5年で十両に昇進しました。

1969年3月場所に新十両となり、同年7月場所には新入幕を果たします。翌1970年11月場所には小結に昇進。さらに1974年7月場所で関脇に昇進しました。

関脇在位は通算8場所、小結在位は10場所です。

最高位は横綱や大関ではありませんが、幕内上位で横綱・大関と何度も対戦し、金星を積み重ねた点に黒姫山の強さが表れています。

通算成績と三賞・金星の実績

黒姫山秀男の主な成績は次のとおりです。

項目 記録
通算成績 677勝691敗2休
通算在位 108場所
出場回数 1,368回
幕内成績 510勝570敗
幕内在位 72場所
最高位 東関脇
関脇在位 8場所
小結在位 10場所
三賞合計 8回
金星 6個

特に注目したいのは、三賞8回と金星6個です。

三賞の内訳は以下のとおりです。

- 殊勲賞:4回
- 敢闘賞:3回
- 技能賞:1回

金星は、横綱北の湖から3個、北の富士から1個、琴桜から1個、輪島から1個を獲得しました。

特に北の湖から3個の金星を挙げた実績は、黒姫山を語るうえで欠かせません。

ベースボール・マガジン社の人物連載でも、黒姫山の実績として通算1,368回出場、三賞8回、金星6個が紹介されています。

「デゴイチ」の異名はなぜ付いた?

黒姫山の名前を知る相撲ファンにとって、特に印象深いのが「デゴイチ」という異名です。

デゴイチとは、蒸気機関車D51の愛称です。

黒姫山は立ち合いで頭から強烈に当たり、その勢いを保ったまま相手を土俵の外へ押し出す相撲を得意としていました。

その前進力が、力強く走る蒸気機関車にたとえられたのです。

単に体が大きいだけではなく、立ち合いの踏み込みと押しの圧力で相手を圧倒する取り口でした。

日刊スポーツは、頭からのぶちかましと前に出る押し相撲が「デゴイチ」の由来になったと説明しています。

1982年に引退、2019年に肺炎で死去

黒姫山は1982年1月場所、西十両8枚目で迎えた12日目を最後に現役を引退しました。

その後は年寄名跡を変更しながら後進の指導に携わり、最終的に12代武隈を襲名しています。

2019年4月25日午後10時30分、肺炎のため70歳で亡くなりました。日本相撲協会が翌26日に発表しています。

同年5月1日に両国の回向院で営まれた告別式には、相撲協会関係者や親方衆、関取らが参列しました。孫の虎之介も当時、田中山の四股名で土俵に立っていました。

祖父の死は、虎之介が相撲人生を歩むなかで、偉大な先代の存在を改めて意識する出来事にもなりました。

【祖父・父・孫】黒姫山の四股名を受け継ぐ三代の力士

黒姫山という四股名の背景には、祖父、父、孫へと続く相撲一家の歴史があります。

虎之介の父も元幕下力士であり、親子三代が実際に大相撲の土俵を経験しています。

家族と力士としての関係

人物 続柄 力士としての経歴
北の洋 黒姫山秀男の養父にあたる人物 元関脇。先代武隈親方
黒姫山秀男 祖父 元関脇。立浪部屋出身
田中大介 父 元幕下。羽黒洋、羽黒灘などの四股名で活躍
黒姫山虎之介 孫 境川部屋所属の現役幕下力士

日刊スポーツの2018年の記事では、秀男の養父にあたる元関脇・北の洋についても触れられています。北の洋を含めて数えると、虎之介の入門によって親子4代の力士がそろうという紹介でした。

一方、2023年の改名を伝えた記事では、秀男、父の大介、虎之介の親子三代という関係が取り上げられています。

つまり、一般的な父子の系譜では三代、養父の北の洋まで含めた相撲一家の系譜では四代という説明になります。

父・田中大介も元幕下力士

虎之介の父は田中大介です。

元幕下力士で、羽黒洋、羽黒灘などの四股名を名乗りました。2018年の日刊スポーツの記事では、虎之介が相撲一家で育ったことや、父が元幕下だったことが紹介されています。

父は息子の角界入りに当初反対していたとも報じられています。

しかし虎之介は大相撲への夢を諦めず、新弟子検査に挑戦しました。

ここで押さえておきたいのは、虎之介が祖父と同じ四股名を持つだけでなく、父も含めて相撲経験者が続く家庭で育ったという点です。

2023年7月場所に「黒姫山」を襲名

虎之介は2018年5月場所に田中山の四股名で初土俵を踏みました。

入門から5年間は田中山として相撲を取り、2023年7月場所から黒姫山へ改名しました。

この改名によって、1982年1月場所で秀男が引退して以来、約41年ぶりに黒姫山の四股名が土俵に戻りました。

改名を提案した境川親方(元小結・両国)は、祖父の名前を背負うプレッシャーを感じすぎず、自分らしい相撲を取るよう助言したと報じられています。

虎之介自身も祖父の現役時代の映像を見て研究しており、特に立ち合いの出足やぶちかましに注目していました。

2023年7月場所では、改名後の初白星も記録しています。

【2026年最新】黒姫山虎之介の現在・番付・成績

2026年10月30日時点

現在の黒姫山虎之介は、境川部屋に所属する24歳の幕下力士です。

日本相撲協会の公式プロフィールに掲載されている基本情報は次のとおりです。

項目 内容
四股名 黒姫山虎之介
本名 田中虎之介
生年月日 2002年1月24日
年齢 24歳
出身地 新潟県糸魚川市
所属部屋 境川部屋
身長 183.5cm
体重 129.8kg
得意技 押し・叩き
初土俵 2018年5月場所
最高位 幕下6枚目
2026年11月場所 西幕下17枚目

2026年の番付推移と場所別成績

虎之介は2026年に入ってから幕下上位を中心に相撲を取っています。

2026年の場所別成績を整理すると、次のようになります。

場所 番付 成績
1月場所 東幕下8枚目 2勝5敗
3月場所 東幕下23枚目 5勝2敗
5月場所 西幕下12枚目 3勝4敗
7月場所 西幕下16枚目 2勝5敗
9月場所 西幕下28枚目 5勝2敗
11月場所 西幕下17枚目 開催前

9月場所では5勝2敗と勝ち越しました。その結果、11月場所の番付では西幕下28枚目から西幕下17枚目へと順位を上げています。

なお、2026年10月30日時点では11月場所はまだ始まっていません。そのため、11月場所の成績は確定していません。

日本相撲協会の公式プロフィールでは、生涯戦歴は186勝151敗6休。最高位は幕下6枚目です。

幕下6枚目から関取を目指す現在地

大相撲では、幕下と十両の間に大きな制度上の違いがあります。

十両以上になると関取と呼ばれ、給与や待遇、生活環境なども変わります。

虎之介の最高位は幕下6枚目。つまり、関取を目指すうえで重要な幕下上位まで番付を上げた経験があります。

一方、2026年10月時点ではまだ十両昇進を果たしていません。

ここで注目したいのは、祖父と孫の実績を単純に比較しないことです。

祖父の秀男は幕内で72場所を経験し、横綱から金星を挙げた実績があります。虎之介は現在、幕下で経験を積んでいる段階です。

今後の評価では、最高位の更新だけでなく、幕下上位での勝ち越しを継続できるか、十両昇進につながる成績を残せるかがポイントになります。

祖父から受け継いだ相撲の基本

虎之介が祖父から受けた指導として報道されているのが、次の言葉です。

「四股、てっぽう、基本をやれ」

2018年の日刊スポーツの記事では、虎之介が祖父から基本動作の大切さを教えられていたことが紹介されています。

また、2023年の改名時の報道では、祖父の相撲映像を見て立ち合いを研究していることも伝えられました。

秀男の代名詞だったぶちかましは、虎之介にとっても研究対象です。ただし、同じ四股名だからといって同じ相撲を再現する必要はありません。

受け継ぐべきものは、名前だけではなく、稽古への姿勢や前に出る相撲への意識とも考えられます。

【立浪部屋・境川部屋・武隈部屋】所属部屋と親方の関係

黒姫山について調べると、立浪部屋、境川部屋、武隈部屋という三つの部屋の名前が出てきます。

これらは同じ部屋ではなく、それぞれ異なる時代の黒姫山と関係しています。

祖父・秀男は立浪部屋出身

黒姫山秀男は立浪部屋に所属していました。

1964年3月場所に初土俵を踏み、1982年に引退するまで同部屋の力士として活躍しました。

引退後は年寄名跡を変更しながら親方として活動し、1988年2月に12代武隈を襲名しました。

1999年3月には立浪部屋から独立し、武隈部屋を設立しています。

武隈部屋の親方として後進を指導

秀男は武隈部屋の師匠となりましたが、2004年3月には所属力士がいなくなり、部屋は消滅しました。

その後は友綱部屋の部屋付き親方として後進を指導し、2013年11月に定年退職しています。

したがって、黒姫山秀男は武隈部屋を率いた元親方ですが、現在の武隈部屋の師匠ではありません。

孫・虎之介は境川部屋に所属

虎之介が所属しているのは境川部屋です。

祖父の立浪部屋や、祖父が創設した武隈部屋ではありません。

境川部屋に入門したのは2018年で、当初は田中山の四股名で土俵に上がっていました。

2023年7月場所に黒姫山へ改名した後も、所属部屋は境川部屋のままです。

現在の武隈親方は豪栄道

もう一つ注意したいのが、武隈親方という名称です。

2026年現在の武隈部屋の公式サイトでは、師匠として元大関・豪栄道の武隈豪太郎が紹介されています。

これは黒姫山秀男が襲名していた武隈という年寄名跡を、後の親方が継承しているためです。

つまり、検索結果で「黒姫山 武隈親方」と「武隈部屋 豪栄道」が一緒に表示されても、同一人物ではありません。

- 12代武隈:元関脇・黒姫山秀男
- 現在の武隈親方:元大関・豪栄道
- 現役の黒姫山虎之介:境川部屋所属

この三者を区別すると、所属部屋や親方についての混乱を避けられます。

【よくある質問】黒姫山力士に関するFAQ

Q1:黒姫山秀男と黒姫山虎之介は親子ですか?

A1:親子ではなく祖父と孫です。虎之介の父は元幕下力士の田中大介で、羽黒洋や羽黒灘の四股名で土俵に上がっていました。

Q2:黒姫山秀男の最高位は何ですか?

A2:最高位は東関脇です。関脇在位8場所、小結在位10場所を記録し、通算677勝691敗2休、三賞8回、金星6個という実績を残しました。

Q3:黒姫山虎之介は2026年現在、何枚目ですか?

A3:2026年11月場所の番付は西幕下17枚目です。9月場所では5勝2敗と勝ち越し、番付を上げました。

Q4:黒姫山の「デゴイチ」とは何ですか?

A4:蒸気機関車D51の愛称です。黒姫山秀男の強烈なぶちかましと、前に出る押し相撲の迫力が機関車にたとえられました。

Q5:黒姫山秀男はいつ亡くなりましたか?

A5:2019年4月25日、肺炎のため70歳で亡くなりました。現役引退後は武隈親方として後進の指導にも携わりました。

Q6:黒姫山虎之介は立浪部屋に所属していますか?

A6:所属しているのは境川部屋です。祖父の秀男は立浪部屋出身でしたが、虎之介は別の部屋で力士生活を送っています。

まとめ:黒姫山の名跡と受け継がれる相撲の歴史

黒姫山力士について理解するには、元関脇・黒姫山秀男と現役力士・黒姫山虎之介を分けて考えることが大切です。

祖父の秀男は、最高位東関脇、通算677勝691敗2休、三賞8回、金星6個という輝かしい実績を残しました。「デゴイチ」の異名は、豪快なぶちかましと前進力を象徴しています。

一方、孫の虎之介は2018年に初土俵を踏み、2023年7月場所から祖父の四股名を継承しました。2026年11月場所では西幕下17枚目となり、関取を目指して現役生活を続けています。

二人の歩みを比較すると、同じ名前を受け継ぐことと、同じ実績を残すことは別だと分かります。

【プロの結論】

黒姫山という四股名の価値は、過去の名力士の記録だけにあるのではありません。

秀男が築いた歴史を、父の大介を経て虎之介が土俵でつないでいることにあります。

今後の注目点は、虎之介が幕下上位で安定した成績を残し、最高位を更新できるかどうかです。祖父の記録を単純に追いかけるのではなく、自分自身の相撲で黒姫山の名をさらに広げられるか。その挑戦が、2026年以降の見どころになります。