木原龍一の筋肉はなぜすごい?61kgから80kgへの変化と引退後の筋トレを検証
フィギュアスケートのペアで三浦璃来とともに「りくりゅう」として世界の頂点に立った木原龍一。その力強い肉体は、華麗なリフトやツイストを成功させるために長年かけて作り上げられたものだ。実は、シングル時代には約61kgだった体重が、ペア競技への転向後にはシーズンオフで80kgに達するまで変化している。
注目したいのは、単純に筋肉を大きくしたわけではないことだ。2026年2月25日の日本記者クラブでの会見では、ベンチプレスや片手80kgのダンベルを扱っていた時期、さらに筋肥大中心のウエイトトレーニングから瞬発力重視へと切り替えた経緯を本人が詳しく説明した。2026年4月の競技引退後も、プロスケーターとして活動するためにトレーニングを継続している。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 体重の変化:シングル時代の約61kgから、シーズンオフには80kgになるまで肉体を強化。
- 驚きの筋力:ウエイトトレーニングに最も力を入れていた時期には、ダンベルを片手80kgで扱っていたと本人が明かした。
- トレーニングの進化:筋肉を大きくすることだけを目指す方法から、リフトやツイストを想定した瞬発力重視へ転換。
- 2026年の現在:競技引退後もアイスショーでの演技と安全なペア技のため、筋トレを継続している。
【結論】木原龍一の筋肉がすごい理由は「筋肥大」から「瞬発力」への進化

木原龍一の筋肉が注目される最大の理由は、見た目の大きさだけではない。ペアスケートで女性パートナーを頭上まで持ち上げ、回転させ、安定した状態で着氷まで導くための実践的な筋力を備えていることにある。
2026年2月25日の日本記者クラブでの会見で、木原は自身のトレーニングの変化について具体的に語った。
「筋肉を大きくすればいいわけじゃない」
「どちらかと言ったら瞬発系のトレーニングをメインに切り替えました」
この発言は、木原の肉体づくりを理解するうえで非常に重要だ。初期には重い重量を扱えるようになることを目標にしていたが、長年の競技経験やケガ、トレーナーからの助言を通じて、競技に必要な身体能力は単純な最大筋力だけではないと気づいたという。
ペア競技では、力を出すタイミング、動作の速さ、身体の安定性、パートナーとの呼吸が密接に関係する。どれほど筋肉が大きくても、必要な瞬間に適切な力を発揮できなければ、リフトの完成度には結びつかない。
木原の筋肉は、ボディービルダーのような外見上の筋肥大を目指したものではなく、競技動作に直結する身体能力を追求した結果と捉えるべきだ。
【61kgから80kgへ】木原龍一の体重変化と肉体改造の全貌
木原龍一の肉体改造を語る際、最も分かりやすい数字が体重の変化だ。
2026年2月1日付の日刊スポーツの記事では、シングル時代の61kgから、ペア転向後には77kgまで体重が増えたと紹介されている。さらに、同年2月25日の日本記者クラブでの会見では、本人がシーズンオフとシーズン中の体重について説明した。
シングル時代は約61kg、ペア転向後に増量
木原は2013年、ソチ五輪を控えた時期にシングルからペアへ転向した。シングル競技では自身のジャンプやスピンなどを中心に身体を作るが、ペアではパートナーを持ち上げる能力が不可欠になる。
日刊スポーツの2026年2月1日の報道によれば、木原はシングル時代の61kgから77kgへと体重を増やした。本人も日本記者クラブで、ペアを始めた当初は60kg台前半だったと振り返っている。
増量は簡単ではなかった。日刊スポーツの取材記事では、食事量を増やすことに苦労し、食べたものを戻してしまうほどだった時期も紹介されている。
単に食べる量を増やすのではなく、競技に必要な筋肉と体力を身につけるための長期的な取り組みだったことが分かる。
2026年に本人が明かした体重は75〜80kg
日本記者クラブでの会見では、木原が次のように説明している。
「当時60kg台前半で、今がシーズンオフだと80kg、シーズン途中で75kgになると思う」
つまり、木原の体重は年間を通じて一定ではない。シーズンオフには80kg程度、競技シーズン中には75kg程度という変動がある。
ここで注意したいのは、61kg、77kg、80kgという数字が必ずしも矛盾しているわけではない点だ。
- 61kg:シングル時代の体重として報道された数字。
- 77kg:2026年2月1日付の日刊スポーツが紹介した体重。
- 75kg:本人が説明したシーズン中の目安。
- 80kg:本人が説明したシーズンオフの目安。
競技スケジュールや練習量に合わせて身体を調整してきたことが、これらの数字から読み取れる。
木原龍一の肉体改造は、単純な増量競争ではない。ペアスケートという競技に適応するための身体づくりだったのである。
【筋トレの中身】ベンチプレス15kgから片手80kgのダンベルへ
木原龍一の筋トレについて、特に注目を集めたのがベンチプレスとダンベルの重量だ。
2026年2月25日の会見で本人が明かした内容には、ペア転向当初と、ウエイトトレーニングに最も力を入れていた時期の大きな違いが表れている。
ベンチプレスはバーに15kgをつけてぎりぎり
ペアを始めた当初、木原には人を持ち上げるための筋力がほとんどなかったという。
本人の説明では、ベンチプレスでバーに15kgをつけて、ようやくぎりぎり上げられる状態だった。
このエピソードから分かるのは、シングルスケーターとして培ってきた身体能力と、ペア競技で求められる筋力には大きな違いがあったということだ。
ジャンプやスピンをこなすための身体と、パートナーの体重を支えながら複雑な動作を行う身体では、求められる能力の配分が異なる。
木原はペア転向後、その不足を補うためにウエイトトレーニングを積み重ねていった。
ダンベルは片手80kgを扱った経験も
さらに驚くのが、ダンベルの重量だ。
木原は日本記者クラブの会見で、最もウエイトトレーニングを行っていた時期には、ダンベルを片手80kgで扱っていたと振り返った。
ただし、これは本人が過去のトレーニング経験として語った数字であり、現在も同じ重量を扱っているという意味ではない。また、特定の種目の最大挙上記録や反復回数が公表されたわけでもない。
体重の80kgとダンベル片手80kgは、まったく別の数字だ。この2つを混同しないことが大切である。
重量を追求するトレーニングから競技特化型へ
木原は、重い重量を扱うことに集中していた時期から、トレーニングの考え方を変えていった。
本人によれば、ケガを経験したことや、長年のペア競技を通じて得た知識、トレーナーからの助言が転換のきっかけになったという。
この変化は、筋肉を大きくすることと競技パフォーマンスを高めることが必ずしも同じではないという、アスリートの身体づくりの本質を示している。
【三浦璃来を支える筋肉】リフトに必要なのは腕力だけではない
りくりゅうペアの演技を見ていると、木原が三浦璃来を高く持ち上げる場面に目を奪われる。そこで注目されるのが、木原の上半身の筋肉だ。
しかし、三浦を支えるリフトの能力を腕力だけで説明することはできない。
リフトを安定させる全身の連動
ペアスケートのリフトでは、複数の身体機能が連携して働く。
- 下半身:膝や股関節を使った力の発揮、氷上での姿勢保持、動作の安定。
- 体幹:上半身と下半身の連動、回転中の姿勢制御。
- 背中・肩:パートナーを支える際の上半身の安定。
- 腕:持ち上げる動作や空中での支持、技のコントロール。
特に重要なのは、力を発揮するタイミングだ。リフトは、単純に重いものを持ち上げる動作ではない。滑走スピードや回転、パートナーの動きと合わせながら、適切な瞬間に力を伝えなければならない。
そのため、木原が取り入れた瞬発力重視のトレーニングは、ペア競技との相性が良い。
木原龍一の足の筋肉と瞬発力の関係
検索されることの多い「木原龍一の足の筋肉」についても触れておきたい。
フィギュアスケートでは、氷を押す力やエッジを使った滑走、ジャンプの踏み切りなどに下半身が大きく関係する。リフトにおいても、上半身だけで動作を完結させるのではなく、下半身から体幹、肩、腕へと力を伝える全身の連動が求められる。
ただし、木原本人が太ももやふくらはぎの筋肉について、部位別の筋肥大メニューや具体的なトレーニング重量を公表したわけではない。
したがって、木原の足の筋肉を評価する際には、見た目の太さよりも、滑走や踏み切り、リフトを支える身体能力に注目したい。
2026年ミラノ五輪で示したリフトの完成度
2026年2月のミラノ・コルティナ冬季五輪では、三浦・木原組が団体戦で銀メダル、ペア個人戦で金メダルを獲得した。
特に個人戦では、ショートプログラム5位からフリーで巻き返し、日本ペア史上初の金メダルに輝いた。日本オリンピック委員会(JOC)のインタビューでも、ショートプログラムでのリフトのミスや、フリーで立て直すまでの過程が詳しく紹介されている。
木原自身も、五輪のフリーではリフトに対する怖さがあったと振り返っている。筋力だけでなく、動作の精度や精神面、パートナーとの信頼関係が技の成功を左右することが分かる。
【数字で比較】木原龍一の体重・筋トレ・競技歴を一覧で整理
ここまで紹介した情報を、体重の変化、トレーニング、競技人生の関係が分かるように整理した。
| 時期・項目 | 確認できる事実 | 筋肉・身体づくりとの関係 |
|---|---|---|
| 2013年 | シングルからペアへ転向 | パートナーを支える筋力が必要になる |
| シングル時代 | 体重約61kg | ペア転向前の身体の基準 |
| ペア転向初期 | 60kg台前半 | ベンチプレスでバーに15kgをつけてぎりぎり挙上 |
| 増量後 | 77kgとの報道 | ペア競技に適応するための肉体改造 |
| 最もウエイトを行った時期 | ダンベル片手80kg | 高重量を扱う筋力トレーニング |
| 競技シーズン中 | 体重約75kg | シーズンに合わせた体重管理 |
| シーズンオフ | 体重約80kg | 練習量や時期に応じた体重変動 |
| 2026年2月 | ミラノ五輪ペア金メダル | 筋力・瞬発力・技術の集大成 |
| 2026年4月以降 | 競技引退、プロ活動へ | アイスショーのためのトレーニングを継続 |
この一覧から見えてくるのは、木原の肉体改造が一度の増量で完成したものではないということだ。
ペアへの転向、筋力不足の克服、高重量トレーニング、瞬発力重視への変更という段階を踏み、競技に必要な身体能力を磨き続けてきた。
また、体重80kgという数字だけを見て、常に同じ体格を維持していたと考えるのも正確ではない。本人が説明したように、シーズン中とオフシーズンでは体重が変化する。
木原の身体づくりを正しく理解するには、体重だけでなく、競技の段階に応じてトレーニングの目的を変えてきた点に注目する必要がある。
【2026年最新】引退後も筋トレを継続!木原龍一の現在と今後
2026年4月17日、三浦璃来と木原龍一は今シーズン限りで現役を引退すると発表した。
しかし、競技引退はスケートから離れることを意味しない。2人は今後プロとして活動し、ペア競技の魅力を広めていく意向を示している。
競技引退後もトレーニングを続ける理由
2026年4月28日の引退会見で、木原は今後の身体づくりについて明確に説明した。
「今後プロとして活動させていただくので、トレーニングっていうものはやっぱり継続して、安全にペアの技を行うために続けていかないといけないと思っています」
これは、引退後の木原の筋トレを理解するうえで重要な発言だ。
競技会で勝つための身体づくりから、プロスケーターとして安全に技を披露するための身体づくりへと、トレーニングの目的が変わっている。
同じ会見では、最近は十分な練習ができていなかったため、体重が少しずつ増えてきたことも明かした。初めて本格的なスーツを作ったこともあり、体型を維持したいというユーモラスな悩みも語っている。
引退後もジム通いとロードバイクを継続
ESSEonlineの2026年のインタビューでは、木原が引退後もロードバイクに乗り、筋トレも続けていることを明かしている。
本人は、同年代と比べても体力がある方だと感じていると話し、アイスショーに向けて再び身体を追い込む意欲も示した。
つまり、2026年の木原は競技生活に区切りをつけたものの、身体能力を維持するための習慣を手放していない。
プロとして演技を続ける以上、リフトやツイストなどのペア技には相応の筋力と身体のコントロールが必要になる。安全性を考えても、筋トレを続ける合理性は高い。
将来的には日本のペア競技の指導者を目指す
引退後の木原が見据えているのは、プロ活動だけではない。
4月28日の会見では、将来的に日本でペアスケートを指導することにも意欲を示した。指導者として活動するまでには資格取得や勉強が必要で、本人は4〜5年ほどかかるのではないかという見通しも語っている。
また、競技生活で経験したケガやトレーニング、栄養、メンタル面の重要性を後進に伝えたいという考えも明かした。
木原の筋肉づくりの経験は、将来の指導にも生かされる可能性がある。特に、単純な筋力強化から競技特化型のトレーニングへと考え方を変えた経験は、ペア競技を目指す若い選手にとって参考になるはずだ。
【プロの結論】木原龍一の筋肉から分かる、本当に強いアスリートの身体づくり
木原龍一の肉体改造を振り返ると、重要なポイントは3つある。
第一に、競技に必要な身体は競技によって異なること。シングルからペアに転向した木原は、パートナーを持ち上げるために体重と筋力を増やす必要があった。
第二に、筋肥大と競技パフォーマンスは同じではないこと。片手80kgのダンベルを扱うほどウエイトトレーニングに取り組んだ経験があっても、最終的には瞬発力を重視する方法へと移行した。
第三に、身体づくりには長期的な視点が必要だということ。ケガや競技経験、専門家の助言を通じてトレーニングを見直し、身体への負担とパフォーマンスの両立を目指してきた。
この3点は、木原龍一の筋肉がすごい理由を理解するうえで欠かせない。
一般の人が木原のトレーニングを参考にする場合も、片手80kgのダンベルという数字だけを目標にするべきではない。競技経験のあるアスリートと一般のトレーニングでは、身体への負荷や目的が異なる。筋力だけを追い求めず、フォームや身体の安定性、回復を重視することが大切だ。
木原の身体づくりが示しているのは、重いものを持ち上げる能力だけが強さではないということだ。
木原龍一の筋肉に関するよくある質問(FAQ)
Q1:木原龍一の体重は現在何kgですか?
A1:2026年2月の日本記者クラブでの会見では、シーズンオフは約80kg、シーズン中は約75kgと説明しています。日刊スポーツは同年2月1日時点で77kgと報道しており、時期によって変動しています。
Q2:木原龍一はダンベル80kgを片手で持てるのですか?
A2:本人が2026年2月の会見で、最もウエイトトレーニングをしていた時期には片手80kgのダンベルを扱っていたと明かしています。ただし、現在の最大重量や具体的な種目・回数は公表されていません。
Q3:木原龍一は引退後も筋トレをしていますか?
A3:はい。2026年4月の引退会見で、プロ活動を続けるため、安全にペア技を行うためのトレーニングを継続すると説明しています。後日のインタビューでも、筋トレやロードバイクを続けていると語っています。
Q4:木原龍一の筋肉はなぜ三浦璃来のリフトに必要なのですか?
A4:リフトには、腕力だけでなく、下半身の力、体幹の安定性、肩や背中の筋力、瞬発力、タイミングの調整が必要だからです。木原は競技動作を想定した全身運動を取り入れていたと説明しています。
Q5:木原龍一は筋肉を大きくする筋トレをやめたのですか?
A5:筋肥大だけを目的にするトレーニングから、瞬発力を重視する方法へと比重を移したということです。筋力そのものが不要になったわけではなく、競技に必要な能力を優先する考え方に変化しています。
まとめ:木原龍一の筋肉は競技引退後も進化を続ける
木原龍一の筋肉は、シングル時代の約61kgから、ペア競技に適応した75〜80kgの身体へと変化する過程で作られてきた。
ベンチプレスでバーに15kgをつけてようやく持ち上げていた時期から、片手80kgのダンベルを扱うほどの筋力を身につけた経験は、長年の努力を象徴するエピソードだ。
しかし、木原の本当の強さは、重い重量を扱えることだけではない。筋肉を大きくすることに偏らず、瞬発力や全身の連動性を重視するトレーニングへと進化させた点にある。
2026年2月のミラノ・コルティナ五輪での金メダル、そして4月の競技引退を経ても、木原はプロスケーターとして新しい道を歩み始めた。安全にペア技を披露するための筋トレも続いている。
三浦璃来を支えてきた筋肉は、単なる肉体改造の成果ではない。パートナーとの信頼、競技経験、ケガからの学び、そして長年のトレーニングが積み重なって生まれたものだ。
今後はプロとしての演技に加え、将来的な指導者としての活動にも期待が集まる。木原龍一の身体づくりの経験が、日本のペアスケートの未来にどのようにつながっていくのかにも注目したい。
主な参考資料・取材情報
- 日本記者クラブ「三浦璃来&木原龍一 記者会見」(2026年2月25日)
- 日刊スポーツ「木原龍一の五つの輪」(2026年2月1日)
- 日本オリンピック委員会「栄光をつかみとった絆 りくりゅうペア、7年の歩みが結実した金メダル」
- テレビ朝日「りくりゅう現役引退発表」(2026年4月17日)
- りくりゅう引退会見(2026年4月28日)
- ESSEonline「りくりゅうインタビュー・引退後の活動と今後について」
※体重は本人の会見での説明と報道時点の数値を区別して記載。ダンベル80kgは過去のトレーニング経験であり、現在の挙上重量を示すものではありません。