【2026年本人が明かした誕生秘話】なぜ石川さゆりは歌い方に悩んだのか
2026年5月16日、TOKYO FMの番組「NOEVIR Color of Life」で、石川さゆり本人が「天城越え」の誕生秘話を語りました。
このインタビューで明らかになったのは、最初から本人がこの曲を自分の代表作になると確信していたわけではないということです。
吉岡治の歌詞を受け取ったときの戸惑い

石川さゆりによると、初めて吉岡治から歌詞を受け取った際、どう表現して歌えばよいのか分からず、途方に暮れたそうです。
吉岡に相談したときに返ってきた言葉は、次の一言でした。
「好きに唄えばいい」
この言葉を受け、石川さゆりは自分自身の経験だけで歌おうとするのではなく、物語の人物を演じるという発想にたどり着きました。
本人は、もし自分がその人物だったらどうするのか、という想像を歌に取り入れたことが「天城越え」の出発点だったと振り返っています。
この発想は、演歌の表現方法としても興味深いものです。
歌詞の主人公と歌い手本人を完全に同一視する必要はありません。自分とは異なる人生を想像し、その人物の感情を声に乗せることで、表現の幅が広がります。
発売当初は売れ行きが伸び悩んでいた
意外なのは、現在では誰もが知る名曲である「天城越え」が、発売直後から大ヒットしていたわけではないことです。
2026年のインタビューで、石川さゆりは発売したレコードの中でも特に売れ行きが伸び悩んだ作品だったと語っています。
当時、制作側には早く次の新曲を出すべきだという意見もありました。
しかし、ディレクターはこの曲を石川さゆりの歌として根付かせ、大みそかの紅白歌合戦で最後を飾ることを目標にしていました。
その方針のもとで歌い続けた結果、1986年の紅白で初めてトリを務めることになります。
さらに、年明け以降は口コミによって曲が広がり、長く歌い継がれる作品へと成長しました。
誰にでも歌える曲ではなく、石川さゆりにしか歌えない曲
制作陣が目指したのは、誰もが簡単に歌える作品ではありませんでした。
石川さゆりが2026年のインタビューで紹介した制作側の考え方には、歌い手の個性を最大限に引き出すという意図がありました。
難しい歌だからこそ、石川さゆりの表現力が必要になる。単純な歌唱技術だけでは完成しない作品だったのです。
この背景を知ると、発売当初の売れ行きだけでは作品の価値を測れないことが分かります。
「天城越え」は、時間をかけて聴き手に浸透し、歌い手とともに成長してきた楽曲なのです。
【石川さゆりと紅白歌合戦】天城越えが40年間歌い継がれる理由
「天城越え」を語るうえで欠かせないのが、NHK紅白歌合戦との関係です。
1986年に発売されたこの曲は、その年の紅白で披露され、石川さゆりにとって初めてのトリを務めた楽曲となりました。
紅白で何回歌われた?
2025年12月31日の第76回NHK紅白歌合戦では、石川さゆりが「天城越え」を披露しました。
日刊スポーツの紅白リハーサル報道によると、これは同曲の紅白14回目の歌唱でした。また、石川さゆり自身にとって48回目の紅白出場でもありました。
2025年のステージでは、NHK交響楽団との共演も実現しました。NHK交響楽団にとって紅白歌合戦への出演は初めてで、オーケストラ編曲は服部隆之が担当しました。
単に過去のヒット曲を繰り返しているのではなく、演奏や演出を変えながら、新しい表現を加えている点も注目されます。
紅白で繰り返し選ばれる理由
「天城越え」が紅白で何度も歌われる理由には、いくつかの要素があります。
- 歌唱力を示せる作品: 高い表現力と安定した歌唱技術が求められる。
- 幅広い世代に知られている: 昭和から令和まで聴き継がれている。
- 演出の自由度が高い: オーケストラや照明などによって異なる印象を作れる。
- 年末の舞台に合うドラマ性: 一年の締めくくりにふさわしい強い余韻を残せる。
特に、年齢や人生経験を重ねることで、同じ歌詞でも表現の仕方が変化する点は大きな魅力です。
若い頃には勢いとして表現していた感情が、経験を重ねることで、深い悲しみや諦め、覚悟として表れることもあります。
【天城越えの歌い方】石川さゆりの表現力を再現する5つのポイント
「天城越え」はカラオケでも人気の高い楽曲ですが、単に大きな声で歌うだけでは魅力を十分に表現できません。
大切なのは、歌詞に描かれた女性の心理を理解し、物語として歌うことです。
1.最初から感情を爆発させない
冒頭から強い声を出すと、後半に向けた盛り上がりが失われます。
最初は相手に語りかけるような落ち着いた表現を意識しましょう。
心の奥に不安や嫉妬を抱えながらも、それを必死に抑えている人物をイメージすると、自然な緊張感が生まれます。
2.言葉の意味を理解して発音する
難読語や古風な表現が多いため、発音が曖昧になると歌詞の情景が伝わりにくくなります。
特に、浄蓮の滝、寒天橋、天城隧道などの固有名詞は、正しい読み方を覚えておきましょう。
言葉を一つずつ丁寧に届けることが、物語性を高めるポイントです。
3.強弱の変化を意識する
この曲では、すべてのフレーズを同じ強さで歌わないことが重要です。
- 静かな部分:心の迷いや不安を表現する。
- 感情が高まる部分:声の響きと音量を徐々に強める。
- サビ:決意や執着を前面に出す。
- 終盤:それまで積み重ねた感情を解放する。
このような構成を意識すると、聴き手を物語の中に引き込めます。
4.ビブラートは使いすぎない
演歌らしいビブラートは魅力ですが、すべての音にかける必要はありません。
言葉をまっすぐ届ける部分と、余韻を残す部分を使い分けることで、感情の変化が伝わりやすくなります。
特に強い感情を表現する箇所では、声の響きだけでなく、息の使い方にも注意しましょう。
5.主人公を演じる意識を持つ
最も重要なのは、石川さゆりが2026年のインタビューで明かした「演じる」という考え方です。
本人は歌い手の役割について、次のような独自の表現をしています。
「歌い手の役割は血液を流すこと」
詞と曲が作品の骨格を作り、歌い手がそこに生命を吹き込むという考え方です。
この考え方は、カラオケで歌う場合にも参考になります。
自分の恋愛経験を無理に重ねる必要はありません。主人公の気持ちを想像し、その人物がどのように相手を愛し、苦しみ、決断するのかを表現することが大切です。
【石川さゆりの天城越えの歌詞】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:石川さゆりの「天城越え」の歌詞は誰が作詞・作曲した?
吉岡治が作詞、弦哲也が作曲、桜庭伸幸が編曲を担当しました。1986年7月21日に発売されたシングルです。
Q2:天城隧道の正しい読み方は?
歌詞に登場する「天城隧道」は「あまぎずいどう」と読みます。実在するトンネルの正式名称は「天城山隧道(あまぎさんずいどう)」で、一般には旧天城トンネルと呼ばれています。
Q3:寒天橋という名前の由来は?
明治初期に天城山中で行われた寒天製造に由来します。テングサを原料とする寒天製造が行われた歴史があり、その名残として寒天橋などの地名が残っています。
Q4:「天城越え」は日本レコード大賞を受賞した?
1986年の第28回日本レコード大賞で金賞を受賞し、編曲を担当した桜庭伸幸も編曲賞を受賞しました。大賞そのものの受賞曲は中森明菜の「DESIRE」です。
Q5:「天城越え」が紅白で初めて歌われたのはいつ?
1986年の第37回NHK紅白歌合戦です。石川さゆりは同年、初めて紅白のトリを務めました。2025年の第76回では14回目の歌唱となりました。
まとめ:天城越えは愛することの危うさと強さを描いた名曲
石川さゆりの「天城越え」は、1986年7月21日の発売から40年を迎えた2026年も、日本の歌謡史に残る代表的な作品として親しまれています。
吉岡治の描いた女性の情念、弦哲也の旋律、桜庭伸幸の編曲、そして石川さゆりの表現力。それぞれが重なり合うことで、単なる恋愛歌を超えたドラマ性が生まれました。
浄蓮の滝、寒天橋、天城隧道という実在の地名も、作品に独特の奥行きを与えています。伊豆の自然や歴史を知ることで、歌詞に描かれた情景はさらに鮮明になります。
特に注目したいのは、2026年5月のインタビューで明かされた制作当初のエピソードです。本人も表現に悩み、演じるという発想にたどり着いたこと、そして発売当初は売れ行きが伸び悩んでいたことは、現在の評価からは想像しにくい事実です。
【プロの結論】
「天城越え」の魅力は、激しい歌詞を激しく歌うことだけにあるのではありません。
愛情と憎しみ、未練と決意、弱さと強さという相反する感情を、一人の人物の中に共存させている点にあります。
歌詞の意味を知りたい人は、まず主人公の心理を読み解き、次に実際の伊豆の地名や歴史を調べ、最後に石川さゆりの歌唱を聴き比べると、作品への理解が深まります。
同じ歌でも、聴く人の年齢や人生経験によって受け取る意味が変わる。それこそが、40年にわたって「天城越え」が歌い継がれてきた理由の一つではないでしょうか。